世界食料デーとは Ⅱ

公開済み 10月 14, 2018 by 管理人 in アドナイ・エレ

~知って欲しかっただけなのに・・・~

世界食料デーに関して、まだまだ日本では浸透していない状況なので、今回もそれについて書かせていただきます。世界の飢餓に関しては、日本のように豊かで、食料に満たされて生活できている国の人々が、特に関心を持って考えるべきテーマだと思います。

世界食料デーは国連のFAO(食糧農業機関)が世界の飢餓の問題をその地域だけの問題としないで、世界のみんなで助け合おうと「世界のすべての人に食料を」を掲げて1981年にスタートしました。

先日の日曜日(10/7)の午後、食料デー鹿児島大会の案内を込めて、天文館で街頭募金活動をしました。「世界食料デー」「飢餓の国の人に食べ物を」等の幟を立て、世界の飢餓に関するパンフレットを街行く人々に配りました。

その中で、女子高校生数人に、飢餓のパンフレットを「ぜひ読んでください」と差し出すと、「大丈夫です」と無碍に断り、スタスタと歩いて行きました。彼女たちが大丈夫かどうかではなく、大丈夫でない人のことを知って欲しかっただけなのに~。しかし、私も高校生だったら同じような対応をしたかもしれません。ただ、私達の無関心が飢餓の解決を遅らせていると実感しました。

また先日(10/10)、喜入中学校に行き、「世界の飢餓と食糧事情」についての出前授業を行ってきました。2年生100人ほどの授業でしたが、皆真剣に聞いてくれて良く理解してもらえたと思います。

ただ、授業の最初に「世界食料デーって知ってる人」と質問したら、一人だけ手を上げただけだったので、まだまだ浸透していないことを痛感させられました。そこで、世界食料デー鹿児島大会が、鹿児島県、鹿児島市、鹿児島県教育委員会、鹿児島市教育委員会、その他各報道関係等から後援を頂いて、今年も10月12日にサンエールかごしまで開催されることを伝えました。

飢餓は私達と関係ないところで起きていることではないのです。私達の飽食と無関心が、飢餓の解決を遅らせている一因にもなっているのです。

例えば、1993年日本で冷害によってお米が不足して、カリフォルニア米や東南アジアのお米を緊急輸入したことがありました。特にたくさん輸入したのはタイ米でしたが、ひょろ長い楕円形のお米で日本人にとってはあまり食べ慣れていなくて、「美味しくない」と評判が悪かったので、TV等でチャーハンにして、この様な食べ方したら美味しくなります等の提案がなされましたが、それでもたくさん捨てられてしまいました。

しかし、日本が大量に輸入したことによって、その年東南アジアのお米の値段が高騰して思うように食べられない人々が増えたことに関しては、殆どの日本人は気づきませんでした。

なぜ飢餓が終わらないのか?それは豊かな国の人々が飢餓で苦しむ人々のことに関心を示さないからではないでしょうか。内閣府の国政モニターに、「世界1の食料無駄捨て大国・日本」とありました。それを読んだ時、がっくりきました。私達がまず、自分の生活を見つめ直し、飢餓の人々にもっと関心をもつようにしたいですね。

あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地で、あなたのどの町囲みのうちででも、あなたの兄弟のひとりが、もし貧しかったなら、その貧しい兄弟に対して、あなたの心を閉じてはならない。また手を閉じてはならない。進んであなたの手を彼に開き、その必要としているものを十分に貸し与えなければならない。・・・必ず彼に与えなさい。また与えるとき、心に未練を持ってはならない。このことのために、あなたの神、【主】は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださる。申命記15:7~8,10


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