本人の知らない素晴らしい計画

公開済み 1月 20, 2019 by 管理人 in アドナイ・エレ

~そんないい加減な~

今頃、大学受験生の多くはセンター試験の真っ最中だと思います。受験のこの時期は毎年、風が冷たい寒い日があったり、大雪の日があったりで受験生は大変な思いをしながら受験に臨んでいます。

私の大学受験は50年以上前になりましたが、懐かしくも、苦い思い出として残っています。当時の大学受験は、国立が一期校、二期校に分かれていて、それぞれ違う二つの国立大学を受験可能でした。そして、その前後に私立大学受験がありました。

当時の国立大受験は7科目の勉強が必要でしたが、私立大は3科目のみで済みました。勉強に自信のない私は3科目の私立大を受けたかったのですが、家庭の事情で授業料の安い国立大を受けることにしました。

そこで、私は国立理系を選択し、国語、英語、数学Ⅰ・Ⅱ、社会1科目に、理科2科目の合計7科目の勉強をせざる得なくなりました。理系なので特に数学と理科2科目に時間を費やしました。でも残念ながら学力は思うように伸びませんでした。

受験期に友人が私立の文系のS大の商学部の願書を取り寄せたら、商学科と経営学科の2通の願書が送られて来た。君の好きな方をあげるから一緒に受験しに行かないか。一人で行くのは心細いので君も受験練習のつもりで受けに行こうよと誘われました。

私立文系の受験者は国語、英語、社会の3科目だけに集中して熱心に勉強してきた人たちです。しかし、私は理系科目を中心に7科目を勉強しているので、まったく習熟度が違い、また畑が違います。しかし、なぜか「うん、一緒に受けに行こう」と言ってしまったのです。

それで受験したら思わぬことに合格通知をいただきました。しかし、その後受験した国立の理系は落ちてしまい。悩みましたが浪人していたので、その大学に入学することにしました。やがてこのいきさつを息子に話したら、そんないい加減なことで人生決めて良いの?とたしなめられました。もっともだと思います。

その大学での勉強は1年生時の教養課程で履修した生物だけが楽しくて、後の勉強にはちっとも身が入りませんでした。また、そこはミッションスクールだったのでキリスト教学の授業があり、さらにチャペルで礼拝もありましたが、授業にはあまり熱心に取り組まず、チャペルには一度も出席しませんでした。

しかし、大学を卒業し同大学出身の妻と結婚し、それから妻の勧めで教会に行き、聖書を読み、またキリスト教に関する本を読んでいる内に、これは単なる宗教じゃない、まさしく真理だと確信するようになり、クリスチャンになりました。

そしてその後、祈りによって神の存在を体験し、この真理を一人でも多くの人に伝えなければならないと牧師になりました。

いい加減な気持ちで大学の経営学科を卒業し、夢を抱いて商業系の会社に就職しましたが、それらすべてを捨てて牧師になれたのは、私の思いをはるかに超えた神のご計画だったと思い感謝しています。

70歳になった今でも素晴らしい道を神様がご計画してくださったのだと、感謝し喜んで牧師の働きをさせていただいております。

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。エレミヤ29:11


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