無駄をなくそう

公開済み 12月 29, 2019 by 管理人 in アドナイ・エレ

~私たちは幸せだ~

子供たちが冬休みに入り、毎朝ある登校時の見守りがなくなって、朝の時間がポカーンと空きました。妻に「子供たちの見守りがなくなったので、朝ゆっくり起きようか」と言っても、「そんなこと言われても習慣で早く起きてしまうので無理です」って断られました。実は私自身も朝4時から遅くとも5時には目が覚めてしまいます。おじいちゃんとおばあちゃんなのでしょうがないかと諦めました。

この年になって、1年が経つのがすごく早く感じます。つい先日に1年日記を買いに行ったばかりのように思いますが、また先日妻と本屋に行き、来年からの3年用のやつを買ってきました。気分によって1年ものだったり3年ものだったり様々です。

いよいよお正月を迎えます。運動量が少なくなる割に、食べる機会が増えてお正月太りが心配されています。美味しいものを食べ、お正月を満喫することができる私たちは幸せだと思います。

世界には正月であろうが常にお腹を空かせている開発途上国の人々、戦争で国を追われ難民になった人々、親を亡くし路上で生活するストリートチルドレンにホームレスの人々など、世界で苦しんでいる人々も沢山おられることにも心したいと思います。

その様なことを考えているとき、次のニュースが飛び込んできました。

大阪堺市の定時制高校の先生が給食で残って、廃棄されるパンや牛乳を持ち帰って食べていたということで、公務員としてのあるまじき行為として3カ月の減給と、それまでに持ち帰った給食の代金の返還を求められました。彼はそれらを受け入れたうえで、自主退学されたということが報道されていました。

日本の政府はいま食品ロスをなくすように各企業に働きかけている状況下での出来事にどこか違和感を禁じ得ません。夜間の定時制高校では働いている学生が多く、会社で急な残業が生じたり、その他の事情で急遽欠席される人も多いと聞きます。すると、用意された給食は無駄になり結局は廃棄されることになってしまいます。

もし、給食を配給する前にあらかじめ取っておいたり、残った給食を販売したりとかしたら、それは社会の一般的秩序や倫理・道徳に反する行為と言わなければなりません。しかし、廃棄される食べ物を見てもったいないと思い、捨てるぐらいならと頂いて帰るのが、公務員の公序良俗に反する行為と断罪されることにもう一つ納得できないと感じました。

わたしは毎年いくつかの小・中学校で「世界の食糧事情と飢餓」というテーマで出前授業をさせて頂いております。現在、学校給食における残食の量は相当なものがあります。給食センターでは、一度に何百人、何千人もの給食を作ります、また給食が不足することは絶対に避けなければならないので、どうしても残食が出るのは避けられないものと思います。

しかし、世界には、いまだに十分な食料を得られないで、栄養失調になり、それが原因で様々な病気を併発して苦しんでいる人がたくさんおられます。昨年の統計でも世界では8億人余りが貧困状態と発表されています。

一方、日本は「無駄捨て大国ニッポン」という汚名を着せられています。その無駄捨てには学校における残食も決して少なくはありません。私の講演を聞いた生徒さんたちの学校で残食が減りましたという報告を聞くと嬉しくなります。

私自身もこのお正月食べ過ぎに気を付けたいと思いますが、また、貧しい人々の事を思い、日本中で食料の無駄捨ても減らせるようにお互いに取り組みたいものだと思います。

今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった」と書いてあるとおりです。Ⅱコリント8:14~15


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