乳癌を体験して Ⅷ

公開済み 4月 5, 2020 by 管理人 in アドナイ・エレ

手術台の上に乗って~              佐多多視子

1/10、11:30

いよいよ手術です。手術台に寝て半透明のグリーンの三角錐のようなものを口にかぶせられ、そのあとは覚えていません。私としては、麻酔がほどほど効いて先生と看護師さんのやり取りの声や、器具の音などを聞いてみたい思いもありましたのに(医療ものドラマの見過ぎ・・・?)、不覚にも無音声でした。

13:30

「佐多さん、佐多さん」という看護師さんの声で目が覚めました。麻酔から覚めてまず思った事は、「もう手術が終わったんだ。何にも聞こえなかった。」「何の痛みもなく手術が終わっているということは、麻酔がよく効いていたんだ。」「この麻酔薬を開発した華岡青洲さんてすごい!」でした。

以前TVドラマで華岡青洲さんの物語を見たことがありました。人体実験のために、まず犠牲になったのは母親でした。どこのお母さんもそうでしょうが、私も子供の研究の為だったら『死ねる』と思いました。

術後は全く声が出ません。癌があった所の手術跡は全然痛くないのに、リンパ節の所がずっーと抓られている様で左腕はびくとも動きません。手術前に病院から渡されていた『日常生活における注意点及び術後のリハビリテーションについて』に術後1日目(手術翌日)にじゃんけん・手首を回す・手のひらを天上に向けたり床面に向けたりを交互に繰り返す・肘を曲げたり伸ばしたりを繰り返すと書かれていました。しかし、グーもパーも何も出来ず、これでは明日からそんなこととてもできないと思っていましたが、夕方には出来る様になっていました。

千葉にいる長男は、手術当日は同僚の医師が手首を骨折してプレートを入れていたのを外す手術があるという事で来られなかったのですが、次の日に駆けつけて来てくれたので、そのことを話すと「お母さんの根性でやったんじゃないの?」と言われました。しかし、「根性でしようと思っても昨日はびくとも動かなかったんだよ。」と答えました。

それにしても、術後のM看護師さんの優しい声と看護は身に沁みました。後で、またお会い出来ないかなと思っていたら、お会い出来たのでお礼を言うことができました。長男に「ここの看護師さんたちはよく勉強してるし、よく訓練されてるよ。流石、緩和ケアの病院だなと思ったよ。ずっと教会にいるみたいだった。看護師さんをしているYさん(以前当教会にいて、今は熊本の病院に勤務している)にずっとお世話されているみたいだったよ。」と伝えました。

また、長男から「お母さんは大怪我をしたのと同じだから優しく、大切にしてね。」と言われていた主人が、今(4月)でも大切に気遣ってくれています。

また長男が、孫たちが書いてくれた手紙を持ってきてくれたので、それを読んでいたら看護師さんに「あら、ラブレターですか?」と聞かれたので、「そうなの、この子は4月から小学生なのに、こんなに字が書けてえらいわねぇ。うちの次男は入学の時は名前しか書けなかったのよ。」というと「私は『み』の字を鏡字に書いていました。」と言ったので二人で笑いました。小さな細い指を組んで、頭を垂れて私のためにお祈りを毎日してくれている孫たちの姿が目に浮かびました。

そしてその後、鏡で手術跡を見てびっくりしました。私はどんな傷がついているんだろう。命が助かったんだし、ズタズタに傷跡があっても仕方ないと思って見ました。しかし、「わぁ、なんてきれいなんだろう。」と先生の高度な技術に感嘆しました。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。イザヤ43:4a


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