心を尽くして神を愛す
手を抜いた仕事は、あとで事故につながります。
力を尽くした仕事は、何年もの間その使用に耐えます。
手を抜いて神を愛するということは、あり得ません。
手を抜いた建築が、事故を起こして崩壊して台無しになるのと同じです。
手抜き建設をするぐらいなら、そもそも建てなかった方が良いのです。
手抜きは、将来大きな損失を被ります。
神を愛するというのも同じで、心を尽くすべきなのです。
「神を愛しているけど、心は尽くしていません」ということは、あり得ません。
「妻を愛していますが、妻以外の違う女性も若干愛してます」というのと同じです。
心の100%を使って愛するのでなければ、神を愛することにならないのです。
神以外のものを、神と同じぐらいに愛したりしてはなりません。
もし何かを神と同等か神以上に愛するとするなら、それは偶像化しています。
私たちが神を愛する方法、それは
心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、なのです。
それ以外に、あり得ないのです。
「心を尽くしても尽くさなくても、どちらでもいいですけれども
どちらかといえば、心を尽くした方がいいですよ」というような命令を
神はなさっておられません。「心を尽くして主を愛しなさい」なのです。
神の御言葉を、割り引いてしまってはなりません。
「神を心を尽くして愛します」これが、クリスチャンの決断なのです。
完璧にはできないかもしれませんが、決断はこの決断なのです。
【今日の聖書】
聞け、イスラエルよ。
我らの神、主は唯一の主である。
あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
申命記 6章4〜5節