2024年9月22日  「聖霊による宣教の前進H『逆転劇による宣教の前進』」
          使徒言行録 9章4節
1.神の計画は迫害者サウロを聖霊に満たして用いる事だった
@アナニアはサウロを癒し聖霊に満たすため遣わされた
 アナニアは、神によってサウロの元に遣わされサウロを癒した  見えなかったサウロは元どおり見えるようになった(18)  「聖霊で満たされるようにと私をお遣わしになった」(17)とサウロに語った  サウロは主に目を癒され見えるようになり,イエスを信じて救われ,  アナニアから洗礼を受けて,聖霊に満たされた
Aサウロは豊富な聖書知識を用い力強く宣教するようになった
 サウロは益々力を得てイエスがメシアであると論証 (22)  ファリサイ派サウロの持っていた豊富な聖書知識が  キリストを伝えるために大いに役立ち用いられることに  サウロは後にパウロと名乗ることになるが  パウロの伝道生涯の中で、豊富な聖書知識はそのメッセージや手紙の中に  生かされ、大いに用いられている  パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着  安息日に会堂に入って席に着いた。(使徒13:14)  会堂長たちが人をよこし「何か会衆のために励ましのお言葉があれば話してください」と言わせた。  そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。  「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。(使徒13:15-16)  この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、  民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、  高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。(使徒13:17)
B神のサウロを救う計画は誰も予想だにしていなかった
 ダマスコの人々は、サウロの変貌に皆非常に驚いた(21)  ダマスコに住んでいるユダヤ人を、うろたえさせた(22)  信徒も迫害者も誰も予想だにしていなかった神の計画  サウロと言えば迫害者であって、彼に見つけられてしまうことは投獄を意味していた  「サウロの手から何とか逃げなければならない、見つかってはならない」  これがサウロに対する、イエスを信じて従っている人々の見方  まさか、サウロにイエスが直接現れて、  直接語られて、サウロが救われるなどとは  誰も予想だにしていなかったこと
2.神の計画は「神の直接介入」により実行された
@強烈な教会への迫害によって教会は危機的状況に
 サウロは強い信念で教会壊滅に全力を注いでいた  迫害によって散らされた人が、各地で確かに宣教してはいたが  教会が破壊され続けていたのも事実= 迫害下で教会の危機的状況は継続していた  その迫害がエルサレムだけでなく、外国の地であるダマスコにまで及ぼうとしていた
A人に対処できない教会の危機的状況に神が直接介入した
 「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(4)  人間的にはどうすることもできず、逃げるしかない状況で  神が直接介入!これがなければ教会は壊滅状態になっていた
B神は厳しい迫害を許されていたが、それを終わらせ逆転させた
 神は直接サウロに働かれ教会への迫害を止めさせた  それまで迫害者だったサウロを今度は宣教者にした  大きな逆転劇が起こった  もうこれ以上人の力ではどうすることもできない!という状況下で  神が直接働かれた。神は危機的状況を放置されずにそれを用いてひっくり返す  オセロの駒のように取られたはずが、逆にもっと多く取り返してしまう  もしイエス側がオセロの白だとすると  1) ステファノの石打殉教 悲しみの涙 → 黒  2) サウロによる教会迫害 恐れと苦しみ → 黒  3) エルサレムからの離散 寂しさと孤独 → 黒  4) ダマスコに迫害が迫る 絶望感 →黒  どんどん黒になっていき、もうダメかと見えるような状況      サウロがイエスに出会って洗礼を受けて聖霊に満たされる      1) 悲しみの涙 → 喜びと驚き 白  2) 恐れと苦しみ → 恐れの払拭 平安と平和 白  3) 寂しさと孤独 → 再会と交わり 白  4) 絶望感 → 払拭されて希望 白    
3.神の計画は宣教への攻撃を退け宣教を大きく前進させること!
@サウロの迫害を止めて逆に宣教者として大きく用いた
 将棋でいえば敵の大駒を取ってそれを張ったようなもの  今まで教会を攻撃していた人を、味方にしてしまって敵に大反撃を食らわせた  ステファノという大駒は命がとられて殉教したが  サウロという大駒を敵から奪い返して自軍の駒とした         ↓         ↓
A今度はサウロが殺されそうになったが無事脱出させた
 今度はサウロが命を狙われる番になった  サウロを殺そうと町の門に見張りが置かれ昼夜見張られた  サウロは陰謀を知り城壁から籠で降りて脱出(23-25)
Bサウロに対するエルサレム教会の不信感も払拭
 サウロはエルサレム教会へ→弟子の仲間に加わろうとした  →教会の皆は信じられなかった→サウロを恐れた  →バルナバがサウロを連れて使徒たちのところへ案内  →サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、   ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明  →エルサレム教会の交わりに加わる→エルサレムで宣教
むすび.神の計画は人が予想もしなかった逆転劇の計画
 教会の危機的状況に直接神が介入し逆転劇が起きた  大迫害者サウロによって、エルサレム教会は攻撃され信徒は散らされ  ダマスコの教会までもが、サウロの攻撃対象になった  ダマスコの信徒たちもエルサレムに連行され投獄されるところだった  しかし神による直接介入で、サウロが奇蹟的に救われ迫害が止まったどころか  サウロは力強く伝道する者と変わった  宣教がとどめられるかに見えたが大逆転劇が起こって逆に発展した  →こうして教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で発展していった  教会には、平和と平安&主を畏れること&聖霊の慰めと励ましが満ちていた  教会の基礎が固まって教会が発展 信者の数が増えていくことになった (31)  神の計画は人知を超えて素晴らしい なぜだ!という危機的状況が大転換した  一言でいうなら「すっげー!ほんとにすごい!信じられない!」  それがダマスコやエルサレム教会の人々の感想だったに違いない  ついこないだまで、自分たちを捕らえて牢に入れていた人間が仲間のひとりになった  神の采配、神の計画、というのはこういうものなんだ!と教えられたことだろう  今でも同じことが起こる!神はあえて危機的状況に陥らせ大逆転させて勝利に導く!