1.人は生まれながら罪人,互いに愛し合えなくなっている
@カインがアベルを妬み殺したのと同じ罪を皆が有する
ヤコブの子ヨセフの兄たちもヨセフを妬んで殺そうとした
サウル王もダビデを妬んで殺そうと追跡し続けた
妬みと殺意が罪人である人間皆に内在 (1ヨ1:8)愛の逆
A生まれながらのままならば罪を犯すばかりで愛せない
自己中心は愛の逆だが人間は生まれつき自己中心
利害が対立したり自分よりも優れていると排除したくなる
ヘロデはイエス誕生時に彼を抹殺しようと乳幼児虐殺
Bたとえ愛せても自分を愛してくれるからという条件付き
イサクがエサウを愛したのも狩りの獲物が好物だった故
ヤコブがラケルを愛したのも結局その外見(自分の好み)
ヤコブはヨセフやベニヤミンだけを偏愛 (利己的な愛)
2.聖霊による以外に真実な愛で愛し合うことはできない
@努力することには限界がある 人間の力には限界あり
そもそも自己中心な罪人=元々人は真実に愛せない
愛を学んでも意志の力でも限界→聖霊が必要不可欠
神に背く=イエスを主としない→聖霊不在→愛せない
A聖霊は自然に努力なしに愛せるようにして下さる
イエスを信じる→イエスを主とする→聖霊内住→愛の実
いかに自分自身に聖霊がより良く働いていただけるか
聖霊が働き易いのは自我に死にイエスに明け渡した心
B聖霊は神にどれ程愛されているか示し私達を励ます
父なる神の愛は私達が神の子と呼ばれるほど(1ヨ3:1)
愛さねばというプレッシャーでなく励ましと助けを与える
3.イエスが示された真実な本当の愛はアガペーの愛
@自分の好みや相手の優劣に無関係な無条件の愛
自分を愛してくれる人を愛するのは当然至極 (ルカ6:32)
自分を憎み排斥する人(敵)を愛する愛こそ貴い愛
キリストの十字架の愛は自分を殺す敵を愛する究極の愛
A私達にイエスが求めておられる兄弟愛はアガペーの愛
自分の感情如何で愛したり愛さなかったりではない
自分の感情,状況,気分,体調,…によらず常時愛し続ける
相手の態度,言葉,状態,感情,…によらず常時愛し続ける
Bヨハネはイエスの命じられた愛を行うよう繰り返し語った
互いに愛し合うことが初めから聞いている教え(1ヨ3:11)
私達も兄弟のために命を捨てるべきです。(1ヨ3:16)
口先でなく行いをもって誠実に愛し合おう(1ヨ3:18)
むすび.互いに愛し合うなら神は私達の内にとどまられる