2025年9月7日  「愛は自慢しない」
          コリントの信徒への手紙一 13章4節
1.自慢は自分を人よりも上にしようとする行為
@自慢の動機は自分の優越性を示したいことにある
 人々からの称賛を得たいほめられたい←自慢の動機  称賛を得て自分の優越性を人に示したい:自分が上だ  人に優越性を示して自分の存在価値を確立したい
A自慢は偽りの自分を相手に示す 【自慢の本質=嘘】
 誇れる事実を語っていてもすべてではない (ルカ18:11)  一部の事実の誇張は全体的には偽り 罪人は誇れない  自慢できない面が表面化していないだけ (ルカ18:21)
B自慢は愛の逆 『自分を高めて相手を貶める』 【罪】
 自慢をする時相手には否定的メッセージが伝わる  本来自慢できるようなことなどないはず←罪で台無し  偽ることは愛の逆。愛は隣人に対してどこまでも真実
2.イエスの奇蹟には自慢など微塵も存在していなかった
@イエスこそこの世で唯一の自慢可能なお方だった
 神の子にもかかわらず人となられた救い主 人間のトップ  大祭司以上の大祭司 (ヘブ2:17) 神殿以上の神殿   (ヨハ2:21) ローマ皇帝以上の王の王 (黙示17:14)
Aだが「どうだ私は救い主だぞ」と自己アピールしてない
 大勢の前で「私は神の子だ」と奇蹟をしたのでなかった  湖上歩行:船上の弟子達だけの前で実行 (マタ14:26)  姿が光輝いた:3人の弟子に「語るな」と指示(マタ17:1-9)  らい病人の癒し:「語るな祭司に見せよ」 (ルカ5:12-15)
Bイエスの奇蹟の意図は自慢ではなく人への愛と憐れみ
 人の上に立たれるお方が人に仕えられた (フィ2:6-8)
3.パウロも誇れることが多かったがキリストを誇った
@彼はその時代のイスラエルの超エリートでローマ市民
 生まれて八日目に割礼、ユダヤ人でベニヤミン族出身  律法に関してはファリサイ派、熱心さでは教会の迫害者  律法の義については非のうちどころのない者(フィ3:5-6)
A誇れるものを塵あくた(糞土)のように思う (フィ3:8)
 当時のユダヤ人にとっては誇れるものばかり→糞土だ!  キリストを誇りとしそれ以外を誇らない (ガラ6:14)  誇る必要があるなら弱さを誇りましょう (2コリ11:30)
B自分を誇らないで主を誇り、自分ではなく主をあがめた
 自慢しなくても私は神に愛される尊い存在(1コリ15:8-10)
むすび.自慢を捨てて主を誇り主を崇めよう (2コリ10:17)
 隣人を愛する=隣人に自慢をしない=常に人の下に  常に人の上にではなく下になれるよう神に祈り求めよう!