2025年10月5日  「愛は自分の利益を求めない」
          コリントの信徒への手紙一 13章5節
1.自分の利益を求めずに隣人の利益を優先した人々
@アブラハムはロトに先に選ばせて自分を後にした
 アブラハムは行き先をロトに先に選ばせた(創13:7-11)  見渡すかぎりよく潤った流域の低地をロトは選んだ
Aヨナタンは自分の持っている物をダビデに与えた
 ヨナタンはサウル王の子=王子 (サム上18:1-4)  自分が王子なのに王子の装束をダビデに与えた  自分が継ぐべき王権を譲ることも意に介さない姿
Bルツは姑ナオミのために自分の利益を捨てた
 ルツはナオミのために自分を捧げている(ルツ1:16-17)  故郷での安泰な生活ではなくナオミを助ける選択をした
2.キリストは自分の利益を捨て去って世に降誕された
@キリストは神の姿を捨てこの世に来られた(フィ2:6-8)
 キリストは神のひとり子であり天地万物を造られた方  言は神であった(ヨハ1:1) 万物は言によって成った(1:3)  キリストは神の姿「全知全能,遍在,不死…」を捨てられた
Aその姿は全く人と異ならず人の弱さを身に帯びていた
 人間と同じ者になられ人間の姿で現れた (フィ2:7)  キリストは弱さのゆえに十字架につけられた(2コリ13:4)
B家畜小屋で生まれ大工の家で育つ ≠世の富と権威
 降誕時は飼葉桶(ルカ2:11-12) 大工の家 (マタ13:55)  神の大いなる権威と豊かな富 → キリストは捨てられた  世の富と世の権威からも遠く離れて地上を歩まれた
3.自分の利益を求めない愛の模範はキリストの十字架
@キリストの十字架は自分の利益を全く求めていない
 十字架は究極の痛みと苦しみであってその最後は死!  掛けられたキリスト自身には何の利益ももたらさなかった  私たちへのキリストの愛=最も大切な命を捨てる愛
Aその姿は命を失うという自分の不利益を受け入れる姿
 人のために地位や財産を失うというようなレベルでなく  自分自身の命を失うという究極の不利益に甘んじる姿
B全人類の命を自分の命より優先させている姿
 全人類の滅びか自分の身代りの死か?究極の選択  キリストは自分の命より人々の命を優先させた  自分が死んでも全人類が生きることを選び取っている
むすび.隣人の利益を優先し不利益に耐えて生きる
 愛は自分の利益ではなく隣人の利益を求めるもの  自分を捨て日々キリストの愛で隣人を愛して生きよう  天には確実に宝が蓄えられ大きな報いが待っている