1.自分の利益を求めずに隣人の利益を優先した人々@アブラハムはロトに先に選ばせて自分を後にしたアブラハムは行き先をロトに先に選ばせた(創13:7-11) 見渡すかぎりよく潤った流域の低地をロトは選んだAヨナタンは自分の持っている物をダビデに与えたヨナタンはサウル王の子=王子 (サム上18:1-4) 自分が王子なのに王子の装束をダビデに与えた 自分が継ぐべき王権を譲ることも意に介さない姿Bルツは姑ナオミのために自分の利益を捨てたルツはナオミのために自分を捧げている(ルツ1:16-17) 故郷での安泰な生活ではなくナオミを助ける選択をした2.キリストは自分の利益を捨て去って世に降誕された@キリストは神の姿を捨てこの世に来られた(フィ2:6-8)キリストは神のひとり子であり天地万物を造られた方 言は神であった(ヨハ1:1) 万物は言によって成った(1:3) キリストは神の姿「全知全能,遍在,不死…」を捨てられたAその姿は全く人と異ならず人の弱さを身に帯びていた人間と同じ者になられ人間の姿で現れた (フィ2:7) キリストは弱さのゆえに十字架につけられた(2コリ13:4)B家畜小屋で生まれ大工の家で育つ ≠世の富と権威降誕時は飼葉桶(ルカ2:11-12) 大工の家 (マタ13:55) 神の大いなる権威と豊かな富 → キリストは捨てられた 世の富と世の権威からも遠く離れて地上を歩まれた3.自分の利益を求めない愛の模範はキリストの十字架@キリストの十字架は自分の利益を全く求めていない十字架は究極の痛みと苦しみであってその最後は死! 掛けられたキリスト自身には何の利益ももたらさなかった 私たちへのキリストの愛=最も大切な命を捨てる愛Aその姿は命を失うという自分の不利益を受け入れる姿人のために地位や財産を失うというようなレベルでなく 自分自身の命を失うという究極の不利益に甘んじる姿B全人類の命を自分の命より優先させている姿全人類の滅びか自分の身代りの死か?究極の選択 キリストは自分の命より人々の命を優先させた 自分が死んでも全人類が生きることを選び取っているむすび.隣人の利益を優先し不利益に耐えて生きる愛は自分の利益ではなく隣人の利益を求めるもの 自分を捨て日々キリストの愛で隣人を愛して生きよう 天には確実に宝が蓄えられ大きな報いが待っている