2026年2月15日  「ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブは信じた」
          民数記 14章6〜10節
1.斥候12人は約束の地を偵察し調査して戻ってきた
@12部族の代表がカナンの地を偵察に行った
 パランの荒れ野からモーセは、12人の斥候(スパイ)をカナンの地に遣わした (民数13:3)  調査項目:住民の強さ,人数,土地の状態,町の様子,  天幕か城壁があるか,木の状況→果物を取って来ること
A偵察結果1(13:21-22):背の高いアナク人存在(申2:10)
 ツィンの荒野からレボ・ハマトに近いレホブまで偵察  ヘブロン:アナク人の子孫アヒマンとシェシャイとタルマイ 名前が判明している=有名  アナク人 = ネフィリム(13:33) = 天使と女の間に生まれたハイブリッド(創6:4) = 巨人(申2:10)  ノアの洪水の時に、ネフィリムは全滅したはず  当時のカナンでは、洪水前のノアの時代にいたネフィリムが再び生まれていたのか?  ノアの洪水前のような悪が再発していたのか? とするなら相当な悪が起きていたことになる
B偵察結果2(13:23):とても良い地(葡萄,ザクロ,イチジク)
 エシュコルの谷で一房のぶどうの付いた枝を切り取り  棒に下げ二人で担いだ!でかい!ざくろやいちじくも取得  「乳と蜜の流れる所でこれがそこの果物」 (民13:25-27)
2.ヨシュアとカレブ以外の10人は悪い情報を流した
@10人の斥候は住民の強さを強調して報告し侵攻が不可能だと思わせた
 10人の斥候は住民の強さを強調して報告(民13:28-29)  10人の斥候は「約束の地には入れない」と絶望していた  その絶望を民と共有しようとした ← 神の御心の逆
Aなぜ10人の斥候は絶望してしまったのか?
  a)全知全能の神の力の過小評価   全知全能の神の方が、アナク人よりも弱い!とでも思ったのか...   神の全知全能性を、隅に追いやってしまったのか...   b)神の愛の過小評価 「神は助けて下さらない」   神がいつも愛してくださり、守って下さり、助けて下さる   ということが、どこかに飛んで行ってしまっている   c)神の約束への不信感と軽視    神は土地を与えると約束されていた(創世12:7,出エ6:4)    こんな強そうな敵がいるのに、そんな約束が成就するはずがない    神の約束が成就するはずがない
B悪い情報を聞いた共同体全体も絶望した(民数14:1-4)
 10人の斥候たちは、不信仰と恐れを民全体に言い広めた (民13:32-33)  民は叫び泣き言を言い「死ぬ方がましだ、エジプトに帰ろう!」と言い出した(民14:1-4)  ヨシュアとカレブとモーセとアロン以外のすべての20歳以上の男が絶望した  しかしそれは神の前に神を信頼しない罪であり、40年の荒野の放浪が決まった  悪い情報を流した者たちは、その場で主の御前で病死してしまった (民14:37)
3.ヨシュア,カレブは10人の意見や全体に流されなかった
@ヨシュアとカレブは信仰的な報告をした(民数14:6-9)
 「偵察して来た土地はとてもすばらしい土地だった」  「主の御心に適うなら主は導き入れ与えて下さる」  「主が我々と共におられる。彼らを恐れてはならない」
Aヨシュアとカレブはなぜ良い判断と決断ができたのか?
 a) 目に見える状況で判断せず神に信頼を置いた (民13:30)  b) 「力強い主が我々と共におられる」という信仰を持っていた (民14:9)  c) 不信仰を拒絶し信仰によって語る勇気を持っていた=「人々を恐れなかった」
Bヨシュアとカレブと他の斥候で判断の基準が違っていた
 他の10人は自分たちの「武力」を判断基準にしていた  ヨシュアとカレブは「神の力」を判断基準にした(ゼカ4:6)  ヨシュアとカレブは、背後におられる目に見えない神を見上げて信じ抜いた
むすび.聖い生き方はしばしば少数になるが負けない
 聖なる生き方をしようとすると、多数の反対にあうこともある  どんなに多数の意見でも、信仰の逆の意見なら拒否する  滅びに至る道は広く、救いに至る道は狭い