2026年2月22日  「神の神殿と偶像にどんな一致がありますか」
          コリントの信徒への手紙二 6章14〜18節
1.私たちひとりひとりは神の神殿としてつくられている
@人間は聖霊が住まう神殿として作られている
 私たちは生ける神の神殿であり神の民 (2コリ6:16)  私たちは聖霊が宿られる神殿として造られた(1コリ6:19)  イエスは聖霊に導かれて生きる模範 (ル4:1,14,使10:38)
A私の内に主が住まわれるなら自分自身を聖く保つ
 神の神殿としてふさわしく生きる=自分自身を聖く保つ  聖霊に満たされて、聖霊に導かれて生きる (ガラ5:16)  神の聖霊を悲しませてはいけません (エフェ4:30)
B罪を悔い改めたなら、心に悪を受け入れない事が重要
 愛は人を受け入れるが、悪まで受け入れてはならない  イエスは徴税人を受け入れても彼の悪は受容していない  イエスは姦淫の女を受け入れても姦淫は拒絶(ヨハ8:11)
2.神の神殿には、偶像は決して受け入れられない
@像を作ることと偶像崇拝は徹底的に禁止されている
 人間や動物や魚の形を作ってはならない (出エ20:4)  偶像にひれ伏したり仕えたりしてはならない (出エ20:5)  鋳造してはならない(レビ19:4),他(レビ26:1,申4:25-26)
A偶像は神の偽物で虚しく、そこに何の力も助けもない
 レビ19:4偶像=無価値なもの、何の役にも立たないもの  偶像自体は何もできない(詩編115:4-8) ↑原語エリール  偶像は無力で役に立たない 単なる木材(イザ44:8-21)
B偶像の背後に悪魔が働く
 偶像崇拝は悪魔を礼拝することにつながり悪霊が働く  悪魔は人を滅ぼす→息子たちを火で焼き、焼き尽くす  献げ物としてバアルにささげた (エレ19:5) 人の生贄
3.キリストだけを信じ偶像崇拝とは徹底的に離れる
@分離することが求められている
 正義と不法は両立せず不法を受け入れた瞬間義は消滅  悪を行う人とは一緒に行動できない (箴言1:10-16)  偶像を拝む人々と共に偶像崇拝を行うことはできない
A偶像崇拝は霊的な姦淫
 唯一の神以外にいかなる神もいない(1コリ8:4) 唯一の夫  偶像は神でない→偶像崇拝=霊的な姦淫(エゼ20:30)
B像だけが偶像ではなく目に見えない貪欲も偶像になる
 貪欲は偶像礼拝にほかならない (コロ3:5)  貪欲=神以上に神以外のものを求める→偶像化する
むすび.神の神殿として生きる私たちは偶像を拒絶する
 神以上に求めるものは偶像化する→排除して聖く生きる