2026年3月29日  「神が私を変えて下さる」
          コリントの信徒への手紙二 3章18節
1.鏡のように主の栄光を写しながら変えられていく
@わたしたちは皆鏡のように主の栄光を映し出す
 私たちは鏡のような存在=鏡だけでは光らない  イエスの光を写してイエスの愛を輝かすようになる  イエスの方向に向いていないと輝かない→方向が大切
Aイエスの方に向いていないなら覆いが掛かった鏡の様
 覆いはイエスの方に向き直る事で取り去られる (3:16)  いかに正しく律法を守ろうとしても罪が示されるだけ(15)
B栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられる
 イエスの光を一度に完璧に輝かせるようにはならない  栄光から栄光へと造り変えられていく瞬間的にではなく  今変えられている真っ最中→現在進行中
2.イエスは人を悪い状態から良い状態に変えて用いる
@イエスに用いられた人物の初めの状態は悪かった
 パウロ:キリストを信じる者を迫害(使8)→ステファノ殉教  ペトロ:イエスを3回も知らないと語った(マタ26:74)  ヨハネ:ボアネルゲスと言われた(マル3:17,ルカ9:51-56)
A世の中では悪い状態の人々を不適格者として除外する
 徴税人は罪人、遊女も罪人、彼らはもう変わらない  悪い状態の人々は去らせる→懲戒免職・解雇・出禁  「悪い状態の人が良い状態に変わる」という発想がない
Bイエスは悪い状態の人々をことごとく変えられていった
 ペトロ:悔改めに導き初代教会の指導者として用いた  パウロ:ダマスコ途上で直接会って異邦人宣教者へ  ヨハネ:愛の人として繰り返し愛を語った (1ヨハ2:9-11)
3.イエスに変えて頂くために私自身の選択が必要
@イエスの方に向くイエスに従うという決断と実行が必要
 イエスの方に向くのは私たち自身が行う必要がある  イエスの言葉をそのまま受け入れるかどうかが大切
A私たちは祈りの中で変えられていく
 ゲッセマネのイエスの祈りは神の御心へと変わる祈り  ゲッセマネの祈りこそ私たちの模範。自己中→神中心  主の祈りも私を変える祈り。私の王国でなく御国を求める
B自分を変えて下さいという思いで神の御言葉を読む
 聖書の言葉は知識を深めるために読むものではなく  自分を変えて下さいという姿勢で神の語りかけを聴く
むすび.イエスに向き直り従うなら栄光の姿へ変えられる
 元々自分がどんな状態であったかなど気にしないこと  変えて下さるイエスを見上げ「私を変えて下さい」と願う