2013年11月17日の予定

11月17日は第三日曜日ですので大東キリストチャペルの礼拝時間は午前10:30~です。皆様お間違えのないようにお越しくださいませ。
聖書個所はルカの福音書第19章1-10節で、「取税人のかしらザアカイ」というタイトルでメッセージが為されます。皆さまお誘い合わせのうえ、是非お越しください。

なお同じく17日は東花園キリストチャペルでも家庭集会が持たれます。午後2:00~です。マタイの福音書19:16~22から「律法の3つの用い方」というテーマでメッセージがなされます。東大阪近辺にお住まいの方は是非こちらにもお越しください。

皆様お誘い合わせのうえ、是非お越しください。

ザアカイの回心ベルナルド·ストロッツィ作「ザアカイの回心」

 


主の祈り(1)(マタイ6:5~10)2013年8月18日のメッセージから

主の祈りは多くの教会で毎週のようにお題目のように唱和されます。しかし、イエス様は、山上の説教の途中で、特にユダヤ教の中における信仰上の行い(施し、お祈り、断食)が形骸化していることを糾弾する途中で主の祈りについて言及しています。また、ルカの福音書にしるされている主の祈りはマタイの福音書のそれとは随分異なってい

ます。そのために主イエスが弟子たちに祈りの手本を授けた当時は今の日本語の文語調の主の祈りのように定型文には成っていなかったのです。
ですから、この主の祈りを一字一句間違わずに覚えるとい

うよりも、主の祈りの中に秘められた内実、神髄、精神性を重要視するべきだという意見もあります。第一イエス様は父なる神様も『父よ』と呼ぶように勧めて下さったのですから・・・
しかし、その一方でこの主の祈りに一つの型をみる見方もあります。それは主がお祈りする時は人目を忍んで隠れてお祈りするように勧めているのに、(6:6)主の祈りの一人称は私ではなくて「私たち」なのです。明らかに人を意識して、「私たち」という群れで祈ることをすすめています。また、主の祈りの最後には「国と力と栄えはとこしえ

にあなたのものだからです。アーメン」とあります。このお祈りは神賛美に始まり、頌栄に終わっています。主のお祈り事態が礼拝を意識したものなのです。
神様の人間に対する救済史の御計画は人智をこえた

非常に遠大なものです。確かに内実、精神性が大切で、形骸化することを是とはしませんが、形にすらこだわらないで中身に拘ってその中身が世代を超えて、時代を超えて伝えることは難しいことです。
私たち教会が福音を保持するということは、復活の主

を証しするということはこの世界に再び主がこられるその時まで教会に託された使命です。いわば、人類の歴史の終焉まで保持しなければならない大切なお役目です。そのお役目を私たちに託して下さっているのに、神は渡したたちにお父さんと気安く呼ぶように勧めて下さっているのです。 この、遠大さと身近さのギャップの両方を意識して、主の祈りを味わっていただけたらと願います。

黄昏の隔世遺伝

サルバドール・ダリ作 『黄昏の隔世遺伝』