愛を追い求めなさい(コリント14:1)2013年10月27日のメッセージから N氏による

新島襄が同志社で初めて説教をした時の主題が「愛」だったそうです。キリスト者にとっては当たり前。「また、その話か」と思われるかもしれませんが、当時は時代背景もあって大の大人が公衆の面前で大っぴらに語るようなテーマではなかったようです。当時はまだ、「愛」ということばは男女間の色恋を表す言葉としての意味しかもちませんでした。その「愛」ということばを、キリスト教が長い年月をかけて換骨奪胎し、今の慈愛の精神や、博愛、神の愛をも含む、広くて深い「愛」という、聖書が教える言葉に変えていったのです。

しかし、聖書が、キリストが伝えようとする「愛」が現代社会で正しく広く、伝わっているかと言えば、疑問符が付くでしょう。キリスト教会の外では凄惨な事件が相次ぎ、愛が欠乏していると言わざるを得ません。いえ、教会の中でさえ、同じ教会につどう兄弟姉妹が愛せない時があります。愛は私たちの中にはなく、愛そのものの存在である神より頂かねばならぬのです。

新約聖書の中にピレモン(フィレモン)書という小さな書簡があります。これは新約聖書の半分以上の書簡を書いたパウロの著作です。福音書を除いて最も重要な書簡とされるローマ書も彼の書簡です。キリスト教の確立は彼なくしてはなされなかったでしょうし、カトリック、プロテスタント問わず、現代の全ての教会に彼の影響は及んでいます。その彼がオネシモという逃亡奴隷をその主人(雇用主)であるピレモンに許してやるように嘆願した手紙がピレモン書です。パウロは手紙の中でピレモンに「もし奴隷オネシモの解放に同意できないのなら、自分が代わりにピレモンの奴隷になる」と申し出ています。

恐らく、パウロの付き人も、初代教会が立つか倒れるかの重要な局面で一人の奴隷のために身を投げうつことを馬鹿げたこととして制止しようとしたでしょう。ピレモンにしても手紙が書かれた時には既にクリスチャンでしたから、使徒パウロのたっての願いとあれば聞かない訳はなかったはずで、一人の奴隷オネシモのかわりにパウロを自分の奴隷にするなんて滅相もないと恐縮したことでしょう。理論家の側面が強調されがちがパウロで有りますけれども、たった一人の奴隷のために自身を投げうつことも惜しまない「愛の人」であったのです。そして、オネシモを救いだすことが出来るのなら実際に行動移すことも厭わなかったので、ピレモン書にこの文面が残っているのです。

彼の愛の源がどこから来たのか私たちは知っています。パウロはもっと、もっと大きな愛をうけていたのです。大使徒パウロが一人の奴隷オネシモのために身代りに奴隷になろうとした愛よりももっと大きな愛、神の御子イエス・キリストが私たち一人ひとりのために十字架にかかって身代りの死を受けてくれたというその愛を。

愛を追い求めない。キリストの中に愛はある。

1500年の自画像アルフレビト・デューラー作『1500年の自画像』


2013年12月22日の予定

明日22日(日)は大東キリストチャペルでの集会はありませんのであしからずご了承ください。

(近隣姉妹教会と合同礼拝の為、大東キリストチャペルと別の場所において礼拝を行います。)詳細をお知りになりたい方は別途、事務所(代表、田口)までご連絡下さい。


キリスト者の平安(ヨハネ14:27)2013年10月20日のメッセージから K氏による

私たちキリスト者の平安とはなんでしょうか。平安を売りにしているのは、私たちキリスト者だけではなくて、新興宗教も「平安」を謳っています。しかし、イエス様は今日のテキストでキリストが与える平安はそのような世が与えるような「平安」とは違う平安を与えるといいます。私たちがノンクリスチャンに伝道し、また弁明する上で、この違いを説明出来る必要があるのではないでしょうか?私たちは常日頃から信じて平安を受けなさいというのですから。

ただ、私たちの平安観というのはキリスト者であっても、ギリシャ哲学的な平安観に影響されている嫌いがあります。霊肉二元論的な、霊の世界のみによる幸福。天国で幸いを得ると言った具合です。しかし、それでは、ノンクリスチャンが「ご冥福をお祈りします」というのと何が違うというのでしょうか?

天の御国は神様の支配が及ぶ所という意味で、天国とは必ずしも同義ではありません。また、平安とは聖書の訳によれば平和とも訳されています。そして、世の与える平安とは違うというのは目的地だけでなく、プロセスをも違うということではないでしょうか?

また、主イエスが説かれた平安は単に戦争状態ではない、神と争う状態ではないという消極的なものではなく、積極的に平和を得ると宣言しています。

話は変わりますが、「聖餐式」はコミュニオンと言います。共同体という意味です。そこには、神と私たちが一致する。融和する。一つとなるという意味があります。イエス様が命を賭して私たちに残して下さったもの…教会。その教会で私たちが再臨のその時まで守るようにと命じられたもの…聖餐式。私たちに与えられる平安の積極的な意味での広がりはどうやらそこにヒントがあるように思うのです。

ヨハネ20:19~21でも「平安があなたがたにあるように」と仰り、ローマ書15:33、ピリピ4:9には神様への尊称として「平和の神」の語があります。

そう、聖餐式にはこの地上において、神様と、私たちキリスト者の間に、神との平和が、実現したことのしるしとして、それが具現化したものとしての聖餐式があります。

私たちはキリスト者とされ、キリストの弟子とされ、平和を祈るように命じられました(マタイ10)そして、それはひとりひとりの克己心によってもたらされるのではなく、キリストによってもたらされました。

この視点を持つとき、霊的な意味においても、肉的な意味においても、彼岸的にも此岸的においても平安がキリストによってもたらされると宣言し、また信じることができると思うのです。

キリストの祝福ジョヴァンニ・ベッリーニ作 『キリストの祝福』


洗礼者ヨハネ(マルコ1:1~8)2013年10月13日のメッセージから

マルコの福音書は「するとすぐに」という言葉を多用し、場面展開が頻繁です。それが、新約聖書に4つある福音書のなかで最も短いとなると、ますますそのように感じます。著者マルコは冒頭から、主イエスがキリストとして公の生涯を歩まれた、最後の三年間に話を移そうとしています。1:1 主イエス、キリストの福音のはじめ は、新約聖書が編纂されて各書簡に巻名を付けられるまではまさに、タイトルの役割を果たしました。また、本書は読み進めていると後半では、当時のイスラエル独特の風習について、補足説明を入れている所があります。このことからも、著者は本書の対象となる読者をローマ人をはじめとするユダヤ人以外の異邦人に向けて書いたこが分かります。著者は主イエスのことを伝えたいという強い気持ちがあって、紙面は限られているにも関わらず、彼は1:2~3で主イエスご自身の御言葉を配するでもなく、「預言者イザヤの書に~」と旧約聖書からの引用を行います。そして、手短にではありますが、1章の前半でこの洗礼者ヨハネについて触れるのです。なぜでしょうか?

著者は「福音そのもの」(すなわち主イエス)を語り伝えたいと考えていましたが、一方で福音そのもの(イエス)だけを伝えても福音が福音として伝わり切らないと考え、福音そのものであるイエス様以前のことを極手短に振れたのです。

1:2~3でイザヤ書引用としていますが、実は引用聖句の前段はイザヤ書ではなくマラキ書です(後段の1:3はイザヤ書です)。イザヤ書は旧約聖書預言書中一番最初の書簡、マラキ書は一番最後の書簡です。これは間違いではなく、預言書全体が、ひいては旧約聖書全体が神様からの賜物であるという信仰と前提にマルコが立っていることを意味します。そして、その聖書の預言通りにキリスト到来の前にその道備えをする預言者が出てきたとし、その預言者こそが、洗礼者ヨハネであるとマルコは言います。そして洗礼者ヨハネも自分の後に、まさに神様からの賜物、福音そのものである主・イエス・キリストがくることを予見して、自分や人の基準ではなくて、神の基準である聖書に従っておのおのが神の前に悔い改めるようにと説きます。

キリストを福音を述べ伝える前提として、マルコにも洗礼者ヨハネにも聖書を「正典Canon」とする信仰があったのです。この信仰は聖書を客体として単に有りがたいとものとする「聖典」というだけではとどまりません。「正典」とは主体的に信じる側がそれを正しいと認めるという「信仰告白」の側面があるのです。そのような信仰が広まった時をさして、主イエスは次のように公生涯の始まりを宣言します。「時は満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」(1:15)

私たちはその正典たる聖書に裏打ちされたキリストを信じ、キリストご自身が、人類で最も偉大なものとされたヨハネよりもさらに優れた者として神の国に入る信仰を頂くことが出来たのです。(ルカ7:28)感謝しましょう。幼い洗礼者ヨハネ

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ『幼い洗礼者聖ヨハネ』


燃える火の炉(ダニエル3:1~13)2013年10月6日のメッセージから

今も昔も、国家権力と宗教という問題が出てきます。もとい、公教育は国家や社会に資する人間を育てることを目的としているので、それは神の前に正しいか否かではなく、「国家にとって、社会にとって都合のよい人間であるか?」が大事とされるのはある意味当然なのかもしれません。(初代教会の時代においても公教育に携わる人間は洗礼の前に職を辞することが求められたほどです。)

さて、ネブカデネザルはユダヤ人を妬む奸臣の讒言によって、自らが建立した像に拝礼することを強要し、そうしないものに対しては燃える火の炉に投げ込むと脅迫しました。しかし、国家や社会の規範よりも神の前に何が正しいかを選びとろうとするダニエルの三人の友人たちはそれを拒みました。ただし、決して、信仰者が反社会的に生きることを意味しません。聖書は権威に従い、服従することを求めています(ロマ書13章他)。聖書は極端な無政府主義でもなければ極端な民族主義でもないのです。それ故に歴史が極端に走ろうとした時、聖書に従う人達と軋轢を生じるのです。シャドラクたち3人も例外ではありませんでした。神の前に正しくあるために偶像礼拝を拒否し、その結果、国家権力によって火刑に処されるのなら、その決定にすら従順に従ってでも神を悲しませるような偶像礼拝はしないというのが彼ら選んだ道でした。
シャドラク、メシャク、アベド・ネゴはネブカドネツァル王に答えた。「このお定めにつきまして、お答えする必要はございません。7わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、御承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません。」(ダニエル書3:16~18)

彼らの「たとえそうでなくとも」という言葉の中に人の権威への従順であっても、それは信仰に基づくが故のことなのだという確信の表れを垣間見ます。彼らは神の奇跡を信じると同時に神の主権も信じ告白したのです。
このテキストにおいては、その後三人は炉に投げ込まれたのち、天から神様の奇跡的な介入によって3人は事なきを得ます。しかし、歴史においてはキリスト教が弾圧された時に殉教した人々も多くいました。しかし、その迫害下に置いてでさえ、このダニエル書の言葉に神の主権を認め平安を与えられ、主と神の国を証しした信仰の先人がいました。

シャデラク・メシャクおよびアベデネゴ

シメオン・ソロモン作『シャデラク、メシャクおよび、アベデネゴ』