MISSON 命の使い方(エステル4:17)2014年3月9日のメッセージから

ミッション(Mission)は使命、作戦、宣教とも訳せます。キリスト者の使命はマタイの福音書の最後にあるように、大宣教命令に基づいて福音を宣教することであることは自明であります。 ただ、福音宣教とは、せまい意味で直接人に神様のことを伝道することだけと捉えがちですが、もっと、広い意味で捉える必要があります。そのために、圧倒的な異教勢力の只中にあって伝道すらおぼつかない時代に生きた、エステルとモルデカイについて学びたいと思います。彼らが生きていた時代は世界帝国ペルシャが治めていたころです。多民族国家であり、聖書の神を信じるイスラエルの国は滅ぼされて数十年がたちます。世界帝国の栄華の前に聖書の神様はまるで存在しないかのように感じます。実際このエステル記は、聖書の正典の一つであるにも関わらず、「」という言葉が一度も使われていません。文字通り神なき時代でありました。しかし、彼らは神様を信じて生きていました。この姿はキリスト教人口1%未満の日本にすむ21世紀の私たちの姿とダブります。

さらにこの当時、捕囚されていたユダヤ人は、約束の地に戻って神殿を再建することが許されていました。ゼルバベルをはじめ信仰の篤い絵に描いたような「献身者」は第一陣として既にイスラエル本国を帰った後の時代なのです。しかし、モルデカイも従妹エスエルも生活の基盤ペルシャにあるため、「イスラエルへ帰還する」という決断をすぐにはせずに留まっている人達が多数いました。この点においても彼らは宣教師や神父といった直接神に仕える聖職者ではない等身大の一信者の姿が読みとれます。 モルデカイは従妹エステルの義父を務め、彼の勧めで彼女はペルシャの「美人コンテスト」に参加し見事「優勝」、王様の妃になります。当時ペルシャは奸臣アガグ人ハマンによって操られており、皆彼を偶像視していました。そんな中で偶像礼拝をせず聖書の神を信じていたモルデカイはハマンを拝むようなことはしませんでした。しかし、それがハマンの逆鱗に触れ彼はモルデカイとその民族(ユダヤ民族)とその宗教(ユダヤ教)をまでも恨み、ユダヤ人絶滅計画を企みます。ハマンは王に讒言して計画を実行にうつそうとします。モルデカイは王妃であるエステルにこのことを告げ、ハマンの計画を王に願って中止するよう進言する便りをだしました。たしかに、当時のペルシャ帝国は皇帝に権力を集中しており皇帝の胸先三寸でハマンの計画は翻すことができます。しかし、だからこそ、讒言や虚偽告訴によって政治が歪むことを防ぐために、たとえ王妃であっても王の方から杓を傾けられない限り話しかけることすら許されませんでした(その禁を破ると妃であっても死罪に問われます) そして、その時の手紙のやり取りが今日の聖書個所です。

モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」 エステルはモルデカイに返事を送って言った。 「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」 そこで、モルデカイは出て行って、エステルが彼に命じたとおりにした。

 エステルの信仰は見上げたものです。しかし、モルデカイにしても、エステルの他に人間的に頼れる宛てはありませんでしたが、エステルに「後生ですから助けてください」なんて言うことなく、神が超自然的な手段を以てしても助けて下さるという確信を持っています。そして、聖書の神を信じる同信のものたちが共に祈るという信者間の交わりも潰えてはいませんでした。神なき時代に、直接的な伝道者、聖職者ではない彼らにも神のために死をも厭わぬ信仰と神が必ず助けて下さるという信頼をもっていたのです。

私は皆さんに、「伝道者になれ」とも、「伝道をしろ」とも申しません。しかし、あなただけに主イエス様が用意されている、あなただけの人生、あなたのミッション、あなたの十字架、あなたの命の使い方はなんですか?

Mission complete(任務完了)して人生を全うし天に凱旋したいですね。

ミレーのエステル

 ジョン・エヴァレット・ミレー作「エステル」