保護中: 2014年8月23日メッセージ

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神は意地でも復活させる (Ⅰコリント15:12~19)2014年5月18日のメッセージから

※この日はメッセンジャーが体調不良のため予定を変更してメッセージがされました。

 

第一コリント書の15章は復活信仰について、パウロが特に力を入れてコリントの教会の人に語った所です。読者とともに『私たちが信じているのが何なのか?』を改めて確認しています。1節からコリントの教会の人達の信仰内容(イエス・キリストの十字架と復活)を確認しているにも関わらず、パウロは12節から『もし、死者の復活が無いのなら?』と問うています。これはどういう意味なのでしょうか?これは、コリントの教会の人たちが何を信じていて何を信じていないのか把握していないと全然さかさまの意味にとってしまいかねないので最新の注意を払う必要があります。そして、どうも文脈からさっするに、コリントの教会の一部の人はイエス・キリストの復活を信じていた一方でキリスト者の復活については信じていないようだったのです。

どうしてこんな誤解が生じてしまったのでしょうか?今日はその辺を少し深堀りしようと思います。

  • 理由1:この教会は強いギリシャ文化の影響下にある

コリントはギリシャにあります。ギリシャのアテネでパウロが伝道した時も、パウロはこの「復活」を伝えるのに苦労しました。

  • 理由2:ギリシャ語にはそもそも復活という言葉も概念すらなかった

いまでこそ、テレビゲームやカードゲームでも一般的になっている「復活」ということばですがこの復活は日本語でも聖書由来の造語であり、聖書のギリシャ語も「復活」や「復活する」という単独の名詞や動詞がもともとあったわけではなく、「起き上がる」や「ひっぱり起こす」といった別の単語を援用してパウロは復活を説明しようとこころみています。現に、パウロは、アテネで伝道した際には現地の人に「復活」という名前の神様がいるのだと勘違いされたほどでした。

 

  • 理由3:ギリシャ人にとって死は解放、復活は拘留延長?!

ギリシャでは長らく、身体は「魂の牢獄」と考えられており、死は魂が肉体から解放される出来事なので、再び身体の中に魂が閉じ込められる「復活」を望んでもいなかったし慶事とは捉えらえなかったようです。

16節の復活はギリシャ語をみると他動詞の受動態です。直訳するなら「よみがえらさせられた」とでもいいましょうか、能動態で表すなら「(父なる神が)御子なるキリストを(わざわざ)復活させたのだ。」と言わんばかりの言い回しです。このニュアンスが読み取れたとき、父なる神様の意地といいます執念といいますか、私たちに永遠の命を与えたいという鬼気迫るような熱情を感じるのであります。私は戦慄すら覚えました。つまり・・・パウロのコリント第一15章前半で言いたかったことを補足しますと次のようになります。

 

『勘違いするな!あなた方はキリストの復活を信じている一方で自分たちが肉体を伴った復活をしないと考えている節があるだろう。もしかしたらあなた方は、「なんとなーくあの世にいってぽわーんと蓮の葉の上に浮かんで、うららか、うららか・・・」なんていうような曖昧模糊とした来世像をイメージしてるんじゃないか?それは大間違いだぞ!それではキリストの復活を矮小化し、自らの復活までも矮小化してしまっている!キリストの霊的な復活が神の究極の目的かのように考えているからそういう勘違いを起こすんだ。断言しよう。キリストの復活は神様の究極の目的ではない。誤解を恐れずに言えば、キリストの復活ですら手段なのだ。私たちキリスト者に栄光の肉体を伴った復活をさせることこそが現時点で啓示されている神の最終目的であり、そのために御子キリストを御父がわざわざ復活させたのだ。キリストの復活はキリスト者を復活させるための手段であり、また、後にキリスト者のうちで「死者の復活がない」などという世迷いごとを言う人間がまかり間違っても表れないようにするための保証として、500人以上の弟子たちに御子がわざわざ身体を伴って復活して下さったのだ。』

という、現代のキリスト者でも忘れてしまいがちがそもそも論をパウロが言及しているのです。

私たちは一生懸命、岩にかじりつくような思いでなんとか信仰生活を守っていつもりかもしれませんが、神の側からはまた別の視点があるのです。

「神に選ばれ、神を信じた民(クリスチャン)を絶対に絶対に神様は身体を伴った完全な救いの中に導き入れたい・・・。」

その神様の執拗なまでの神様の御名をかけた意地が私たちの信仰を今日も保って下さっているのです。

ピーテル・ラストマン作『復活』

ピーテル・ラストマン作『復活』


保護中: 2014年8月3日メッセージ

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聖書にみる母の愛(出エジプト17:10~12)2014年5月11日のメッセージから

出エジプト記6章や民数記の26章をみると、モーセの母の名前がヨケベデであることが分かります。日本語であまり考えられない語感ですが、ヨ・カーボード(神に栄光あれ)という意味です。日本人女性ならさながら「栄子」さん、といったところでしょうか。ヨケベデの両親も神様に対する信仰を絶やさず持っていたので有りましょう。 しかし、彼女たちが生きた時代が決して楽な物ではありませんでした。400年前にヨセフがカナンの地からエジプトにやってきた時は目覚ましい功績をあげ、エジプトの宰相にまで登りつめ、エジプト人からも歓待されたであろうイスラエルでしたが、今は昔。王朝は交代し、ヨセフのことを知らない王がエジプトを治めることになりました。神様はエジプトの地でアブラハムに約束したとおり子孫を増やしてくださいましたが、その旺盛な人口増加率がエジプト人のそれを上回ることで、エジプト王はイスラエル人を警戒し、奴隷とし、男児は生まれてすぐに殺すようにと苛烈な間引き、産児制限政策を進めました。

ヨケベデはそんな時代でも神様を見上げて生きていました。人はどの星の元に生まれるか選ぶことができませんが、最初の人アダムが犯した罪の結果としてのこの世の悲惨を決して神に向けず、神を賛美、精いっぱい子どもを育てようとしました。時代が違えど、場所は違えど、母の愛は普遍的です。 モーセは生まれてすぐ殺されずに3ヶ月間かくまわれ、その後、匿いきれなくなったので、かごに入れて川に流します。その流された子をエジプトの王女に拾われ、王族として育てられます。また、その場にいた姉ミリアムの機転によって、モーセの乳母に実母ヨケベデがあてがわれます。モーセはその数年間だけヨケベデに育てられます。その後は、使徒行伝7章のステパノの説教や、ヘブル書11章の信仰者としてのモーセの解説の通り、エジプト人としての教育を受け、30数年間エジプト人として暮らします。しかし、自らは神の民であるという意識を持ち続けました。40歳の時、イスラエルの民を自分の力で救おうとして失敗し、その際、殺人を犯し、ミデアンの地に逃げ込んで隠遁生活を40年間します。その後、神様の召命を受けて再びエジプトの地に戻ってくるのです。なぜでしょうか?

信仰によって、モーセは成人したとき、ファラオの王女の子と呼ばれることを拒んではかない罪の楽しみにふけるよりは、神の民と共に虐待される方を選び、キリストのゆえに受けるあざけりをエジプトの財宝よりまさる富と考えました。与えられる報いに目を向けていたからです。(ヘブル11:24~26)。

実に紀元前1500年のモーセがその時代から1500年後に生まれるであろうキリストへの信仰を持っていたと聖書は記しているのです。どんなつらい中でも神の民は救い主によって必ず救いだされるという信仰、その救い主の故なら甘んじて苦しみをうけようと考える信仰…その信仰をモーセはヨケベデから教えられたのです。母の日はもともと日曜学校で愚直に子どもたちに聖書の話を語り聞かせたある女性(そうヨケベデのような人)を記念するものとして始まりました。私たちも母の愛に感謝し、また家族というものを作られた神に感謝し、福音をまだ知らぬ、子に親に福音を告げ知らせるものと成りましょう。

ローレンス・アルマ・タデマ作『モーセの発見』

ローレンス・アルマ・タデマ作『モーセの発見』