2016年2月28日の予定

来週2月28日の集会は午前10:30~です。

マタイ26章36~46節より、『ゲッセマネの祈り』というタイトルでメッセージがなされます。

皆様万障繰り合わせのうえお越しくださいませ。

 

また、再来週3月6日は群馬県から篠原明氏(中ノ条キリスト集会責任者・元聖契神学校非常勤講師)をお招きして午前中にクリスチャン向けの話を、午後2:00~はクリスチャンでない方にも効きやすい、キリスト教入門的なお話をして頂く予定です。是非お越しください。

エルグレコ作「ゲッセマネの園の苦悶」

エルグレコ作「ゲッセマネの園の苦悶」


2016年2月21日の予定

来週2月21日の集会は午前10:30~です。

第二コリント4章18節及びヘブル11章1~3節より、『目に見えるものと見えないもの』というタイトルでメッセージがなされます。

皆様万障繰り合わせのうえお越しくださいませ。

ヤン・ブリューゲル、ルーベンス共作『視覚の寓意』

ヤン・ブリューゲル、ピーテル・ルーベンス共作『視覚の寓意』


信じること、従うこと(ヨハネ2:1~11)2014年11月16日のメッセージから

カナの婚礼は主が、公の生涯を始められた時の最初の奇跡です。そして、これが「しるし」であるとヨハネはいいます。しるしというのは指し示したいモノ、「そのもの」ではなくて、その象徴でありますから、「カナの婚礼の奇跡が伝えたかった本質的なこと」というのはおのずと解釈を要します。そのため

  • 「水のように味気ない人生を、キリストは豊かな味わい深い人生に変えてくださる」

  • 「途中で酒が尽きてしまう位の貧しい夫婦を、羞恥心から救い出してやりなさった。これはキリストのおもいやりの奇跡だ」

  • 「キリストは結婚の神聖を認めるためにこの式に列席なさったとは、式辞の中でよく言われることだが、これはむしろ“貧の神聖”をお認めになったのである」

などというさまざまな解釈をされることがあります。しかし、ヨハネの文脈からみてそれがいえるでしょうか?このテキストが短い段落のなかで紙面をさいている特徴の第一は主イエスの時が来たか来ていないかという母マリアとの不可解な会話です。

結婚式の中で主イエスが奇跡的な力を発するかどうかということについての「時」と、この後の三年間の公の生涯に入った、主イエスの33年間の人生の中で最後の特別な三年間に入ったという「時」が明らかにこの最初の奇跡が始まった時と重ねているのが著者ヨハネの意図であることが2:11から分かります。

また、聖書の中における奇跡物語は普通淡々と書かれるのが聖書の特徴ですが、ここでは、「如何に沢山の水がワインにかえられたか?」を、物々しく書いています。水の量や水がめの数まで記しています。もとい、変えられたその水の用途はもともとユダヤ教の清めの儀式に用いるための水でありました。加えて、かえられたのは今も聖餐式で用いるぶどう酒(ブドウ汁)です。そして、このように単なる連想ゲームではなくて、どこまで聖書の文脈から、聖書本文のテキストからヒントをもらって説き明かすのが解釈であります。この解釈が絶対だとはいいませんが、そこに、旧約の自らの力で清めようとする時代から、新約の主イエスの力、もっと断言すれば主イエスの血潮によって罪許される新しい時代の始まりということができるでしょう。

最後に、この奇跡を宴会の客も奉仕者もみな体験したのですが、婚宴の客はただ酒に酔うばかりで、婚宴の奉仕に回ったものは、その奇跡を垣間見て、主イエスの言葉に従ったが故に主イエスを信じることができました。その栄光をみることができたのです。「奉仕者がより栄光に浴することができることは現代の教会でもおこる」というのは些か個人的な解釈といえるでしょうか?

 

マッティア・プレティ作『カナの婚礼』

マッティア・プレティ作『カナの婚礼』


2016年2月14日の予定

来週2月14日の集会は午前10:30~です。

ヨハネの福音書13章全節より、『最後の晩餐』というタイトルでメッセージがなされます。

皆様万障繰り合わせのうえお越しくださいませ。

また、来週から、不定期で行っていた教会学校を日曜礼拝前の10:00~10:30に行います。皆様の来会を心よりおまちしています。

レオナルド・ダヴィンチ作『最後の晩餐』

レオナルド・ダヴィンチ作『最後の晩餐』