キリストご自身によるクリスマスメッセージ(ヘブル10:5~7)2013年12月1日のメッセージから S兄による

はじめに:主イエス・キリストのご降誕に関して、福音書の中に詳しく書かれていますが、主イエスご自身のことばは福音書のどこにも記されていません。それに対して、このヘブル10:5-7 には、キリストご自身のことばが記されています。

第 5 節:「ですから」。このことばは、第1-4 節で述べられている律法の無力さと関連しています。すなわち、「後に来るすばらしいものの影はあっても、その実物はない」(1 節)。「神に近づいて来る人々を、完全にすることができない」(1 節)。「雄牛とやぎの血は、罪を除くことができ」ない(4 節)。それでは、キリストがこの世界に来られて言われたことばに注目しましょう。この手紙の著者は、詩篇40:6-8 を引用し、キリストにあてはめています。「あなたは、いけにえやささげ物を望まないで」。律法の下でささげられた多くの「いけにえやささげ物」を、神はもはやお望みになりませんでした。「わたしのために、からだを造ってくださいました」。神は、ご自分の御子のために「からだを」用意なさいました。そして、永遠の初めから神であられる方ご自身が、被造物である私たち人間と全く同じ肉体を持って、この世界に来られました(ヨハネ1:1、14)。

第 6 節:「全焼のいけにえと罪のためのいけにえ」は、神の無限の聖さを満足させることはできませんでした。

第 7 節:「さあ、わたしは来ました」。主イエスは、強いられていやいやながらではなく、自発的に喜んでこの世界に来られました。「聖書のある巻に、わたしについてしるされているとおり」。神は、旧約聖書において、来たるべきメシヤについて予告しておられました。その預言は、旧約聖書の中に約350 あると言われています。例えば、メシヤ誕生の時期や場所や方法、またその家系、さらには、その生涯についても、誕生から死に至るまで、詳細な預言がありました。「あなたのみこころを行うために」。このことばは主イエス・キリストのご生涯を要約しています(ヨハネ4:34、ヨハネ6:38)。神のみこころの中には、十字架で死ぬということも含まれていました。主イエスは実に、のろいの木での死にまでも全く従われました(ピリピ2:6-8)。その結果、全人類のための贖いのみわざを完成してくださいました。第 8、9 節:「後者」と「前者」は、それぞれ「新しい(第二の)契約」と「最初の契約」を指していると思われます。ですから、最初の契約(律法のさまざまな規定)は「廃止されるのです」(9 節)。なぜなら、律法によっては決して実現しなかった完全な贖いが、キリストの十字架上でのみわざによって実現したからです。終わりに:イエス・キリストは、「新しい契約の仲介者」と呼ばれています(ヘブル9:15)。それは、「ご自分の血によって」、「永遠の贖いを成し遂げられた」からです(ヘブル9:12)。私たちは、キリストが成し遂げてくださった永遠の贖いに一方的な恵みによってあずかりました。私たちは、キリストが十字架の上で成し遂げてくださった永遠の贖いのみわざをただほめたたえるばかりです。

クリスマス、七面鳥だよ

ソフィー・アンダーソン作『クリスマス、七面鳥だよ!』

 


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