信仰のトリアージ

単立教会の牧師や教会指導者の中には極端なまでに「神学校」「聖書学校」に嫌悪感を示す人がいます。理由は2つ考えられます。
  1. 保守的な信仰を保持していて、教会内に近代主義的が入り込むのを警戒している。
  2. 自身が神学校にいっていないので、あるいは学校での成績が芳しくなかったので、そのコンプレックスから「行かなくったってこれだけ大成できるんだ」というものを反証しようとしている。
理由が1であるなら健全と言えるでしょう。神学の世界には「近代主義」というものがあります。その牧師が近代主義に対してどのような立場をとるにせよ、また、これが正しいかどうかは別として、日本であれ、米国であれ、欧州であれ、教会から熱意を失わせ福音宣教に退潮をもたらしたのは皆が認める所ですから…。
しかし、理由が2であるなら、それは教会指導者個人の神学校に対する私怨でしかありません。そして、今回は神学校に対する極端な忌避が、教会全体に歪みをもたらしかねない一例をご紹介しようと思います。

「神学校」というものにクリスチャンの中でも偏見を持たれることが多いですが、神学校を医学部に、教会を病院に置き換えて考えてみるとわかりやすいかもしれません。そうしますと、聖書学校にいっていない教会指導者とその教会は医学部に行っていない人が医療活動をしているような集団ですから。悪く言えば無免許医ばっかりが見様見真似が医療活動をしていることになります、もっとも伝道には免許はいりませんし、無免許医であったとしても「ブラックジャック」のような名医が出てくることもありますし、それに一刻を争う救命活動をしている最中に悠長に「医学部に行きなさい」という訳には行きません。ましてや、毎週毎週伝道集会を行う熱心な教会は福音宣教の最前線にいるわけですからなおのことです。その熱心な教会はただの「病院」ではなくて、さながら「野戦病院」といったほうが適当でしょう。そして、確かにこの熱心な「野戦病院」は人の命を救う良い施設ではあるのですが、野戦病院であるがゆえに 以下のようなことが派生して起ってしまうのです。
(1)まず、病気や怪我の検査は細かく行いません。すべて止血と消毒といった応急処置になります。(どんな求道者に対しても「イエス様を信じれば後の問題はすべて解決する」といって、紋切型の解決を迫り、根深い心の傷の根本治療ではなく対症療法に留まってしまうおそれがあります。)
(2)戦地での友人は、共に苦しいところ潜り抜けて来たという共通体験から戦友として強い結びつきをもちます。(これは伝道熱心な教会の信徒どうしの結びつきが他の一般の教会の一般信徒どうしの結びつきよりもはるかに強いことからご理解いただけると思います。)
(3)傷が少しでも癒えて歩けるようになった患者は通常の病院であれば継続して患者であり続けますが、野戦病院ではそうはいきません。慢性的に、専門的なスタッフがいないので完治していなくても、他の重篤な患者の治療のために、貴重な戦力として、看護助手として活動を始めます。(信じてバプテスマを受けた直後の一般信徒はそのあとも患者としてしばらくは教会の礼拝に集う中で癒されていくのですが、熱心な教会では信じた後はすぐに働き人として、奉仕者として徒弟訓練をうけます。)
(4)そして、野戦病院では高度な医療を提供できませんから、患者の選別(トリアージ)を行います。難治性の病気にかかった患者や、感染力の強い病気にかかった患者は黒や黄色のタグをつけて、この野戦病院では「放置」「隔離」あるいは「追放」されてしまうのです。(フォローするのにかなりの神学的知識がいる求道者や、集会の秩序を乱し他の人にもそのことを吹聴するような人、あるいはそのような疑いをかけられた人はレッテルを張られて、集会の交わりから断たれてしまいます。)トリアージのサンプル
本来ならもっとも手厚く集中治療を受けるべき人たちであったのに、野戦病院であるがゆえに「患者の選別」の対象にされ、放置されたり追放されたりしてしまうのです。これは「小の虫を殺して大の虫を助ける…(小さなものを犠牲にして大きなものを生かすこと。また、全体を生かすために一部を切り捨てることのたとえ)」という思想です。
通常の医療、通常の病院であれば、命に大小も貴賤がないわけですから、「全ての命を救う」のが医療の鉄則なのですが伝道熱心な教会という病院は、「野戦病院」で有るが故に、このような考え方がまかり通ってしまうのです。そしてこの野戦病院の院長は、平気で悪びれることもなく、「秩序を守るため」「院内感染を防ぐため」という美名のもとにそれ平気で貫徹してしまいます。これが「野戦病院(神学校を忌避する一部の伝道熱心な教会)」と「通常の病院(一般のの教会)」の決定的な違いです。
これは患者の命に対する物差しが若干高いか、低いかという話ではなくて、患者(求道者)に対する考え方、医療従事者の範囲に対する考え方、そもそも病院に対するあり方を含めた根本的な思想が違う為にそのおかしさを訴えても神学校を嫌う伝道熱心な教会の兄弟姉妹にはにわかに分かって頂けないのです。
また、そのように隔離、追放された兄弟姉妹は単なる知人ではなく無二の戦友からその交わりを断ち切られるため、その傷はより深いものになってしまいます。
だれもが応急医療ができるように等しく訓練されるという意味では野戦病院は良いのかもしれませんが、医者としてのプロ意識がない人たちが粗悪な「なんちゃって医療」を行い、悪い意味での平等主義がはびこり、そし戦線の維持のために全体になじむことができない個人が犠牲になるという、非聖書的な全体主義的思想がはびこってしまいます。
 
さて、これが通常の病院であればどのように扱われるのでしょうか?
通常の病院であれば、医者と患者の間には峻別があります。しかし、患者は難病であろうとも、院内感染の恐れがあろうとも、それを理由に見捨られるようなことはありません。(99匹の羊を置いてでも迷い出た一匹の羊を羊飼いが捜し求めたように、絶対に見捨てられることはないのです。)
医者には「応諾義務」といって、『診療してほしい』と願い出てきた患者を原則医者の側から拒むことができません。(主は「私の羊を飼いなさい」とおっしゃいます。教会に来た求道者や教会の兄弟姉妹は、主が「あなたが飼いなさい」と命じてその教会指導者のもとに託された大事な羊、患者様なのです。患者の方から去るなら別ですが、本来なら教会の牧師の側から、あるいは集会の長老の側からそれを拒むことは、「主に対しての命令違反」なので許されるようなことではないのです。)
院内感染しそうだからといって、患者を追い出すことは許されません。院内感染が仮に起ったとしてもそれは患者の責任で はなく、病院側の設備に不備があるが故で、患者に対して、「お前がかかった病気が感染力が強いから悪いんだ!」といって患者を責めることなど絶対許されないのです。
また、難病に対しても「僕、学んだことない難病だからお手上げです。他所へ行って下さい」ではいけないのです。医者が絶えず新しい医学の知識を蓄え、患者を回復に導かなければなりません。(教会指導者(羊飼い)は主様から託された羊を、命をかけて飼わねばなりません。)
医者はその患者の寛解を信じなければなりません。(教会指導者はたとえ自分から見て問題のある信徒がいたとしても主が必ず癒してくださると信じなければなりません。仮に「院内感染」を起こしそうな羊がいたとしても、教会も聖霊が守って下さるつもりであるからこそ、その教会の下にその病の羊が託されたのだと信じて教会運営にあたらねばなりません。主が託された羊を、人間が院内感染を恐れて職務放棄するなら、その教会指導者は神様を信頼していないことになってしまうからです。そして、万万が一にもやむを得ず転院(他の教会への転籍)をしなければならない場合であったとしても紹介状を書いて、転院先でも無事に医療行為を受けれるように、特段の配慮をしなければならない はずなのです。 これが野戦病院ではなくて普通の病院の在るべきすがたです。
 
そして厄介なことに、このような野戦病院で傷ついた人達は本来普通の病院である教会に再入院すべきところなのに、以前の伝道熱心な教会で教会とは「野戦病院」のような場所だと教えられ続けてきました。ですから、そのような伝道熱心な教会出身者は一般の教会に移ってからもなお、その野戦病院的な感覚が抜け切れず、適応できずに苦しむことがあります。そして、伝道熱心な教会で傷ついた患者は一般の教会に流れ着いた時点で既に加害者にもなってしまっていることも多く、自分の罪悪感にも苦しめられるのです。集会の秩序維持の美名の名のもとに、自身も患者の選別をしたきたのです。そして自身も多くの求道者、弱っていた戦友を見捨ててきてしまったのです。
私たちの教会は、そような野戦病院で一度黒のトリアージをつけられた方に対して、時間がかかっても信仰のリハビリテーションして頂けるような教会を目指しています。すぐにあなたが望むような100%の癒しを提供はできないかもしれません。もう一度神様に仰ぎ見て歩む信仰生活に戻ることが出来るようにお手伝いさせて頂ければと思います。

信仰のトリアージ” への1件のコメント

  1. 誤解の無いようにとは思っているのですが、神学校、聖書学校に行くことが一概に素晴らしいとか上だとかいうことを申し上げたい訳ではありません。当然に、教会の中で学歴主義がはびこり、学閥が支配する小説「白い巨塔」のような教会も存在するのです。しかし、野戦病院にせよ、白い巨塔にせよ、教会全体の構造の問題で一人の信徒ではどうにもならない問題でつまずいてしまうことがあって、その場合止む無く教会を離れてしまっても、それを一様に個人の信仰だけの責任にはできないと私たちは考えています。

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