はじめに神が天と地を創造された。(創世記1章1節)
宇宙を造られた愛の神、それが聖書の神様です。父、子、聖霊の三つの人格を持っておられますが、一つの神様として現されます(三位一体)。神様は、神様の心(愛)で、この世界を管理させるために、人間を神のかたちに似せて造られました。だから人は愛すること、愛されることを求めるのですね。
本当は、みんな仲良く親切で、喜びを共有し、認め合いたいのです。しかし、私たちは皆、自己中心な心を持っているので苦しみます。でも神様は、本来の人の生き方ができるように救ってくださいます。まず神様との関係を修復することです。その結果、周りの人との関係が豊かに改善されていきます。私にとっては、ここが大事でした。
神のみこころ(愛)によって豊かな社会をつくるはずの人間が、自己中心な心で生きていることを「罪」と言います。聖書の言う「罪」の語源は、「弓矢が的を外れる」という意味です。「いつも正しいことだけしたいけど、なかなかそれが難しい…」、そんな人間を表現する言葉が「罪人(つみびと)」です。はい、私がそれです。
神様との関係回復のためには、罪の赦しが必要です。それで約2千年前、子なる神が、私たちの罪への罰を身代わりとして受けるためにお生まれになりました。肉体を持たないと、身代わりになれないからです。このお方がイエス・キリストです。十字架の死は偶然ではなく、神のご計画であったことが、紀元前の聖書の預言からわかりますよ。
聖書は、神のことばです。旧約と新約を合わせると66巻あります。
紀元前1200-1400年頃に預言者モーセを通して書かれたのが最初で、以後、聖霊(神様)によって導かれた多くの人々の手によって書き記されました。キリストが来られる!を予告しているのが旧約聖書で、キリストが来られた!と報告しているのが、新約聖書です。
聖書の教えを一言にまとめると「神の愛で生きよ」です。神の愛とは、与える愛です。子なる神のイエス様は、十字架の上で自分を犠牲にして私たちを救われました。そして、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と命じられました。愛がわかると、聖書がわかり、神様がわかります。
人と比べながら生きていると、自分の価値がわからなくなります。でも、この世界を創造し、あなたにいのちを与えた神様は、あなたの絶対的な価値を知っておられます。神様は、ご自分のひとり子(キリスト)を、十字架にかけて私たちの罪の身代わりとして罰を与えてでも、私たちを救いたいと思われました。それが、あなたの価値です。
「何をやっても死んだら消えてなくなる」と信じていた時は、生きる努力の全てが虚しく感じました。しかし、聖書を通して神様に愛されている自分を発見した時、自分の存在に絶対的価値があることを知りました。さらに、天国での永遠の生活が待っているのですから、人生の全ての努力と苦労、そして出会いに喜びがあります。
聖書は、創造者である神のみこころによって生きることを、まことのいのちと言い、そこからずれて生きることを死と呼びます。本当の愛は、自分自身が神のみこころに生きる努力をし、また隣人がそのように歩めるようにサポートすることです。その正しい生き方のために、神様は必要な知恵と力を与えてくださいます。みこころを求めましょう。
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