日本キリスト教団

 
 
2024.02.25
説教ダイジェスト
礼拝説教要約
『香油を注ぐ』
マルコによる福音書
14章3-9節

 イエスは、ベタニヤのシモンの家の客となった。当時の食事の席は、男女に 分かれ、その部屋には男性ばかりが集っていた。食卓(机)や椅子はなく、夕 食は床に寝そべって食べた。そこに、一人の女が突然入ってきた。高価な香油 の壺を割って、イエスに注ぎかけた。1壺が300デナリオン、とても高価な ものだった。

 それを見ていた人たちの中には、この女の行為を諫める人がいた。無駄なこ とをするなとたしなめた。心からの感謝の行為をたしなめられるとは、その女 の人は、自分の存在も信仰も否定されたと感じ、とても悲しい思いになったこ とだろう。

  しかし、イエスは、自分に対する感謝の思いが溢れ出たとみてくださり、こ の女のしたことを好意的に受け止めてくださった。自分の葬りの準備なのだと、 意味のある行為だと言われ、さらには、福音が宣べ伝えられるところではこの 女の行為が語り継がれるとも言われた。大きな意味のある行為だとされた。こ の女の行為を、神は喜んでおられる。誰も咎めてはならない。

  この箇所から教えられること。1,感謝の思いを表すのに決まった方法はな い。様々で良い。2,肝心なことは、心をこめること。できるかぎりのことを すること。3,イエスが目の前にいる今この時は、再びあるかどうかわからな い。思い立った時に思いを表すのが良い。 一人一人の思いを神は喜ばれる。今日の礼拝の後、一年のまとめの総会をす る。神様は、皆さんがこの一年に神様のために働き祈り献げたこと、その気持 ちを神は喜んでおられる。大きなことと見てくださっている。

 20世紀初めのフランスの小説家、アナトール・フランスは、日本の有名な 作家も注目して翻訳している。『聖母の曲芸師』という小説がある。 ベルナルドという名の曲芸師がいた。国中を遍歴するが、どこの町でも聖堂 に行きマリアに祈る人だった。あることをきっかけに修道士になり、修道院で 生活するようになった。

  そして、彼は悩んだ。他の修道士たちは、様々な豊かな能力を持ち、それを 活かし用いている。しかし、自分は一介の曲芸師でしかない。神のために役に 立つようなことはできそうにないと深く落ち込む。

  ある日、昔、その修道院にいた一人の修道士の話を耳にした。その人は文字 も満足に読み書きできなかったが、毎日マリアの名を読んで祈っていた。彼が 最期の日に息を引き取った時、彼の口から五つのバラが美しい香りと共に噴出 した。MARIA(マリア)は、文字五つ。聖母がその人を喜んでおられたと知っ たと言う。

  この話を聞いたベルナルドは、毎日聖堂に行くようになり、修道院の人たち は訝しく思った。聖堂に彼を捜しに行った人たちは、彼が聖母マリア像の前で 曲芸をしているのを見つけた。彼は丸い球を宙に投げ、体を回転させていた。 その彼の額の汗を、聖母マリアがぬぐっていた。

 この話は、信仰とは、どこに目を向けていることなのかを教えてくれる。自 分のできる限りを、その人なりの表し方で神に向かって表すこと、その人の心 が確かにされ満たされることは意味の大きなことだ。

 愛隣こども園
宮城県仙台市青葉区五橋1-6-15
〒980-0022 ℡:022-222-3242