10月7日(日)「もどり」説教要旨

           聖句
旧約
 「その所で彼は洞穴にはいって、そこに宿ったが、主の言葉が彼に臨んで、彼に言われた、『エリヤよ、あなたはここで何をしているのか』。彼は言った、『わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人びとはあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀をもってあなたの預言者たちを殺したのです。ただ私だけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています』。主は言われた、『出て、山の上で主の前に、立ちなさい』。その時主は通り過ぎられ、主の前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし、主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細い声が聞こえた」   (列王上19:9-12)


新約
 「『主よ、彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこぼち、そして、わたしひとりが取り残されたのに、彼らはわたしのいのちをも求めています』。しかし、彼に対する御告げはなんであったか、『バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたしのために残しておいた』。それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。しかし、恵みによるのであれば、もはや行いによるのではない。そうでないと、恵みはもはや恵みでなくなるからである」  (ローマ11:3-6)


    「もどり」と言うのは、「神のもとへ戻る」ことです。預言者エリヤは、反対者を逃れて「洞穴にはいって、そこに宿ったが、主の言葉が彼に臨んで、彼に言われた、『エリヤよ、あなたはここで何をしているのか』」。今、預言者エリヤは戻るべき場所を失い、洞穴に隠れました。私たちも逃れる道がない八方塞がりだということがないでしょうか。しかし、エリヤの場合、「主は言われた、『出て、山の上で主の前に、立ちなさい』。その時、主は通り過ぎられ、主の前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし、主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細いこえが聞こえた」とあります。日本にも地震が来ます、また台風も来ます。しかし、どんなに激しく猛り狂っても、「風・地震・火の中に主はおられなかった」のです。その自然災害の後、「静かな細い御声があった」のです。その御声を聞き漏らす人がいます。災害にのみ目を奪われて、もっと大事なことを忘れています。その後の静かな御声を聞くことこそ教会の第一の使命にほかなりません。私たちは、どんな自分たちを揺るがすような事件があっても、それに捕らわれて、世間といっしょになって大騒ぎをしてはなりません。中渋谷教会の森牧師は、大正の関東大地震のあと信徒をたずね歩きました。「こういう時こそ礼拝が大切なのだ」と。多くの人びとがうろたえ騒いでいる時、いち早く、狼狽から回復して、この静かな細い御声を聞くことが、大切なのです。信仰者が、それを聞き漏らして、あわて騒いでいるなら、一体だれが、その御声を聞きそれを伝達するのでしょう。  

   私たちは戻らなくてはなりません。帰らなくてはなりません。どこへ、真の故郷へ、私たちをお造りになった神のもとへ、
「あなたがたは立ち返って静かにするならば救いを得、穏やかにしてより頼むならば力を得べし」(イザヤ30:15)
エリヤは、まだ完全に神のもとに戻っていません。「戻っていない」人の特徴は、否定的な言葉が多いことです。「わたしは万軍の神、主のために非常に熱心でありました。イスラエルの人びとはあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、刀をもってあなたの預言者たちを殺したのです。ただわたしだけ残りましたが、彼らはわたしの命を取ろうとしています」。私たちも戻っていない時必ず言います、「お資金がない、力もない、協力者もいない、状況も悪い、敵が多い」、このような戻っていない人に対する神の言葉は何でしょう。

   「主は言われた、『出て、山の上で主の前に、立ちなさい』」。その否定的な状況から出て、山の上、それは主の御前です。その主の御前に立ちなさいであります。戻るとは、主の前に立つことです。その時、否定は肯定に変わるでしょう。

  「バアルにひざをかがめなかった七千人を、わたしのために残しておいた」。もし私たちが主の細い御声に戻るなら、その時、ひとりではない、必ず神は助け手を七千人残しておかれる。あなたは主の御声と共に、七千人の助け手をそばにもつ、必ずもつことを忘れないようにしましょう。

   現代多くの人が言います、「今の時代は大変な時代だ」。しかし、それはエリヤが訴えた前半の言葉です。聖書は後半で神の言葉をはっきりと記します。

   「主は言われた、『出て、山の上で主の前に、立ちなさい』。その時主は通り過ぎられ、主の前に大きな強い風が吹き、山を裂き、岩を砕いた。しかし、主は風の中におられなかった。風の後に地震があったが、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。火の後に静かな細い声が聞こえた」。それらの諸問題の後に、何か聞こえませんか。それが教会が今聞くべき大切な神の言葉なのです。その静かな御声を聞こうではありませんか。
   


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