5月18日(日)「肢体の調和」説教要旨

           聖句
旧約
 「主はしえたげられる者のとりで、なやみの時のとりでです。み名を知る者はあなたに寄り頼みます。主よ、あなたを尋ね求める者を、あなたは捨てられたことがないからです。」   (詩編9:9-10)

新約
 「もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。そして、神は教会の中で、人々を立てて、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師とし、次に力あるわざを行う者、次にいやしの賜物を持つ者、また補助者、管理者、種々の異言を語る者をおかれた。みんなが使徒だろうか。みんなが預言者だろうか。みんなが教師だろうか。みんなが力あるわざを行う者だろうか。みんながいやしの賜物を持っているのだろうか。みんなが異言を語るのだろうか。みんなが異言を解くのだろうか。だが、あなたがたは、更に大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。そこで、わたしは最もすぐれた道をあなたがたに示そう。」   (Ⅰコリント12:26-31)

  パウロはここで、神からの賜物が数多くあることを示します。しかし、それらに優劣、上下があるわけではなく、すべてが聖霊の賜物なのです。だから使徒、預言者、教師とかいろいろあっても、また長老、執事、日曜学校教師などいろいろあっても、それはみな各自がそれぞれの賜物にしたがって与えられている仕事です。「仕事」とは、そもそも「(神に)仕える事」と書きます。源はすべて神から来るものであって、神から来ない賜物や仕事、務めはありません。私たちはしばしば、その源を忘れて、自分の仕事、自分のものだと思い込んでいます。その時、「仕事」は、「仕える事」ではなく、「自分がやる事」になってしまいます。それは主客転倒です。神さま中心ということが忘れられる時、自分と他人の仕事を比べたり、競ったり、自慢したりしていて、そのような教会の仕事は祝福されません。

  次に、違いのあるそれぞれの仕事が、同じ聖霊の賜物だとすれば、それらはみな肢体の肢(えだ)として、有機的につながっているはずです。そのことをパウロは、私たちのからだの肢(えだ)にたとえているのです。まず私たちのからだは、決して自分のものではありません。確かに自分のからだなのですが、自分のものでありながら、ただ単に自分に属するものではありません。それはからだのほんの小さな部分でも実に絶妙によくできているのを見ればわかります。こんな絶妙な組織を自分で作れるはずがありません。道端に生えていて人々に気づかれないタンポポの花一つ取って見ても、それはソロモン王様の栄華の時の服装よりもはるかによくできています。人間には、この自然の絶妙な不思議な調和と有機的なつながりは、作ることができません。それらは、ここで言うように聖霊の賜物だからこそ、絶妙なのです、不思議な力と調和を保っているのです。

  私たちは自分の目の前にある仕事を、自分の仕事と思わずに、「聖霊の賜物」だと思うようにしましょう。その時、あることに目が開かれてきます。そのある事とは、前に学んだように、「むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。それは、からだのなかに分裂がなく、それぞれの肢体が互いにいたわりあうためなのである」とあります。「他よりも弱く見える肢体がかえって必要なのである」と。そうです、その弱く見える肢体は、はるかにもっと必要なのです。ここで「弱い肢体」でなく、「弱く見える肢体」と、「見える」という言葉を補っていることに注意しましょう。本当に弱い肢体などないのです。ただ人間の愚かな目に弱く見えるにすぎないのです。神さまから見たならば、そこには何の区別も、差別もありません。自分がいつも劣等感に思い悩む人は、それが自分にとって弱く見えるにすぎないことに注意しましょう。神さまの目には、決してあなた弱くないのです。神さまを忘れているから、ただあなたの気が弱くなっているにすぎないのです。

  しかも、あなたにとって弱く見えるところに、神はかえって必要だと言い、そこを見よくしてくださるばかりか、優遇さえしてくださるのであります。ですから、「一つの肢体が悩めば、ほかの肢体も共に悩み、一つの肢体が貴ばれると、ほかの肢体も共に喜ぶ」のであります。ここに初めて一つのキリストのからだ、イエス・キリストの共同体が完成するのです。私たちみなキリストのからだ、イエス・キリストの共同体なのです。
   


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