←ホームへ

シロアム教会 礼拝説教要旨集
2017年2月 5日 12日 19日 26日 目次に戻る
 2017年2月26日 
「裁判の果てに」加藤誠牧師
使徒言行録26章19−32節



 ごく稀なことだが教団が裁判の当事者になることがある。近い例はある教師の戒規をめぐってであった。日本基督教団は教会であるが人間の集団であるのでルールがある。それぞれの教会にも実はルールがある。詳しくは書けないが、ある教師から教団はその下した結論が不当であると訴えられた。最高裁の下した結論は、教会の世界の中のルールを尊重するというものであった。



 パウロの裁判は延々2年以上も続いている。当時のイスラエルの政治状況は2重構造である。支配するローマ側からはフェストゥスが総督として配置され、ユダヤ人からの不要な反発を買わないためにアグリッパが王としてローマによって立てられていた。フェストゥスの出番は本来はローマに対するテロ対策である。そして彼もアグリッパ王もパウロが訴えられているのは、内々で解決すべき宗教上の対立であることは分かっていた。



 パウロに敵対するユダヤ人たちにしても、パウロの身柄が総督の手の内に落ちる前に、いわば暗殺を試みようとしたのだが、それは未然に防がれパウロがローマの市民権を用いてローマ皇帝に上訴したため、フェストゥスとしても何かしらの正当な理由を付けてローマに護送するため、アグリッパ王と共に審議する機会を設けたのが26章の背景である。



 流れはパウロに対する審議であるはずなのに後半はパウロのアグリッパ王への質問すら記される。それは「預言者たちを信じておられますか?」という厳しいものであった。問う者がパウロに逆に問われているのである。パウロの最後の言葉は祈りでもある。「私のようになってくださることを神に祈ります。」とはパウロの本音である。パウロのような使徒になってほしいと願っているのではない。聖書に証されているメシアがイエス・キリストであることをパウロのように信じてほしいと願っているのである。そしてこの証のためにパウロはローマに行く。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」(23:11)
目次に戻るページトップ
 2017年2月19日 
「主の励まし」加藤豊子牧師
使徒言行録23章1−11節



 パウロは証しを通して、自分もユダヤ人であり、律法について厳しい教育を受けて熱心に神に仕えてきたこと、かつてはキリスト者を熱心に迫害する者であったこと、また神が自分を異邦人への伝道へと召してくださったのだ、ということを伝えました。

 それを聞いた人々は、パウロに理解を示すことはなく、『こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしてはおけない。』とわめきたて、激しい怒りを表わしました。



 何故これほどまでに怒るのか…そこには、自分たちは神に選ばれた特別な民族であるという選民意識がありました。パウロがユダヤ人と異邦人を、対等な存在として扱っていること、異邦人もユダヤ人と同じように救いに招かれている、そしてそれが神の御心であるとするパウロの考え方は、全く受け入れることができないものであったと思います。



 パウロはローマ兵によって鞭で打たれそうになりました。鞭打ちは、下手をしたらそれによって命を落としかねないような拷問です。しかしその危機を、パウロは自分がローマ帝国の市民権を持つ者であることを明かすことによって切り抜けることができました。ローマの市民権を持つ者は、ローマ皇帝のもとで裁かれる権利をもっていたのです。



 「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」(11節)

 ローマに行って主イエス・キリストを証しすること、それがパウロに与えられた最終的な使命であるということがここで明らかにされています。パウロ自身もここではっきりと自覚させられたのではないでしょうか。ローマへの道、それは決して平易な道のりではありませんでした。しかし「勇気を出せ」と励まされながら、また知恵を与えられて危機を切り抜けながら、パウロは神様の計画の実現に向けて前進し続けます。神様は私たち一人一人の人生にも深く関わってくださり、祈り求める者にその御心を示し導いてくださるお方です。
目次に戻るページトップ
 2017年2月5日 
「律法の問題」加藤誠牧師
使徒言行録21章17−26節



 パウロ一行は第3伝道旅行を終えた挨拶を、当時エルサレム教会の指導者であった主イエスの兄弟ヤコブに行う。集まっていたのはヤコブだけではなく長老たちもいた。この長老たちがエルサレム教会のみの長老なのか、それとも他の地域を含み、異邦人の長老も含まれていたのかはこの箇所からは定かではない。



 そこでのパウロの報告は感謝と喜びをもってエルサレム教会の指導者たちに受け入れられたが、一つの懸念が示された。それはパウロがユダヤ人が大切にしている律法に基づく慣習を否定するようにユダヤ人を指導しているというデマであった。



 パウロ一行が伝道旅行中いたるところでユダヤ人による妨害行為、迫害を受けてきたことは使徒言行録に記されているが、それはユダヤ教を信じるユダヤ人と受け止めるのが自然であろう。しかし、ヤコブは同じ主を信じるユダヤ人にデマに基づく何らかの迫害がパウロに起きることを心配している。違う角度で見れば、エルサレム教会は決して盤石な一枚岩ではなく、人間的な弱さを抱えた教会であった。しかし同時に教会は完ぺきな人間の集まりではなく、主を信じる共同体であるからいつの時代も人間的無知と弱さを内側に抱える。

 パウロはヤコブの提案を受け入れ、律法を守って生活している者であることをエルサレム神殿で他の信者と共に清めの式を受け、その費用を負担する。



 コリントの信徒への手紙一9章19節−でパウロは「わたしはだれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました・・・ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のように・・・福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。」と語る。 福音のために生きる時、パウロは人の奴隷になる、と言い切る。それがパウロの信じる主イエスの生き方であり、福音に共にあずかるパウロの生き方だからである。
目次に戻るページトップ