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シロアム教会 礼拝説教要旨集
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 2026年3月1日 
「目を覚ましている」加藤豊子牧師
ルカによる福音書12章35−40節



 「主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。」(37節)

 婚宴からいつ帰ってくるかわからない主人というのは、再び来られると約束されている、イエス・キリストのことです。わたしたちは日本基督教団信仰告白の中で、「教会は…愛の業に励みつつ、主の再び来たりたまふを待ちのぞむ。」と告白しています。また、泥棒がいつやって来るかわからないように、人の子は思いがけない時に来る、とも語られています。「腰に帯を締め、ともし火をともして」とあるように、いつでも主イエスを迎えることができる用意をしておきなさい、と言われているのです。



 忠実で賢い管理人についても語られています。管理人とは、指導的な役割を与えられている人のことです。教会でそのような役割を与えられている人は、主イエスによってその務めを委ねられているにすぎません。自分が主人になったかのようなふるまいをする管理人が戒められ、主人の思いを知る者となることが求められています。



 テサロニケの信徒への手紙一5章にも、「盗人が夜やってくるように、主の日は来る…」とありますが、その先を読み進めると「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこを、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」と記されています。ここに、主イエスを待ち望む者、目を覚ましている者の姿が示されているのではないでしょうか。



 わたしたちが、主の思いを知る者となれますように、祈りたいと思います。
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