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祈祷会メッセージとお祈りの課題

神のみこころに添った悲しみ

しかし、気落ちした者を慰めてくださる神は、テトスが来たことで私たちを慰めてくださいました。
IIコリント7:6

 

IIコリント7章を開きました。パウロとコリント教会の間では、何度か手紙のやり取りがありました。聖書にもIコリント、IIコリントと2通の手紙が納められています。特にIコリントは厳しい語り口の手紙になっています。コリント教会の問題課題に対してパウロが厳しい口調でアドバイスをしています。IIコリント7:8には「あの手紙」と書かれていて、パウロ本人もとても厳しい内容の手紙を送ったと認識している言葉があります。「あの手紙」というのがIコリントの手紙のことなのかどうかは、定かではありません。しかし厳しい内容、コリント教会の人々を悲しませる内容の手紙を送ったことは事実です。それは手紙を読んだコリント教会の人々が悲しんで悔い改めることが目的でした。

IIコリント7:9-11には、神様の導きによる叱責、そしてそこから生まれる悲しみがあることを物語っています。キリストを信じる信仰においても、特に重要な事に関して、妥協してはいけない面もあるという事です。キリストの十字架と復活について、偶像礼拝について、教会内での分裂について、パウロはこれらの問題について、聖書とキリストのことばに基づいて諭しました。キリストの愛と赦しの業こそが私たちにとって全てであることを語りました。パウロがコリント教会の人々に対して厳しく接したのは、ただコリントの人々を非難したいから、論破したいからではありません。また自分の知恵の方が優れていることを示そうとしたのでもありません。ただキリストを信じて従って生きて欲しいと願ったからでした。それらの言葉を通してコリントの人々は大きな悲しみを味わいました。また少なからずパウロに対して嫌悪感を抱いた人もいるでしょう。しかし神様はそのような害から守って下さったことも書かれています。

7:9には「あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちから何の害も受けなかったのです。」と書かれています。神様の目的はずべての人が神様と共に歩むようになることです。その時、パウロとコリントの人々がお互いに嫌悪感を抱きながら、仲良くなれずにいることを望んでいません。すべての人が神様と共に歩むと言った時、それは全ての人が手を取りあって、神様と共に歩むことを意味しています。ですから神様はパウロとコリントの人々が手を取りあえるようにして下さっています。エペソ2:14にあるように「キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を」打ち壊すことができるお方です。IIコリントにはこの時、テトスが手紙を届けたことが記されています。テトスはパウロから厳しい内容の手紙を託されました。テトスは少し厳しすぎるのではないか、これではコリントの教会の人々が立ち直れなくなってしまうのではないかと感じたのかもしれません。しかしパウロは神様の導きを信じ、コリントの人々を信じていました。ですから7:14でパウロはテトスにコリントの人々のことを「少しばかり誇りました」と書いています。結果としてコリントの人々は熱心に悔い改め、パウロとも良い関係を続けることができるようになりました。パウロはコリントの教会の人々と再び共にキリストを見上げながら歩めることを喜んでいます。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 7-8月に新しく来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • 特別礼拝、聖餐礼拝、大掃除のために
  • 青年運動会のために
  • 小金井教会のために