すべてのものを集める神

時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。
エペソ1:10

 

新約聖書のエペソ人への手紙に入りました。エペソ人への手紙はパウロが書いた手紙です。手紙の内容から、この時、パウロはローマで囚人となっていたと考えられます。宛先は、タイトルを見るとエペソ人への手紙となっていますが、パウロはこの手紙をエペソの教会以外の他の教会にも回して読んでらえるようにと考えていたようです。ですので手紙の内容も、一つの教会の個人的な内容というよりは、キリスト教の根幹にかかわるような一般的な、重要な事を記し、注意と励ましを与えています。今日の私たちにとっても、教えられることの多い手紙です。

パウロは手紙の書き出しで、パウロは自分の事を「キリスト・イエスの使徒パウロ」と紹介し、エペソ人々については「キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たち」と呼んでいます(1:1)。どちらもキリスト・イエスのものであることを語っています。そしてこのキリストが自分たちに何をして下さったのか、改めて語っています。パウロは自分の事をキリスト者と呼んでいましたし、エペソ教会の人たちも自分たちはクリスチャンと思っていたでしょう。そのキリスト者、クリスチャンとはさて一体、何者であったのか、改めて語っています。キリスト者、クリスチャンは、神様がキリストにあって選び出して下さった者たちです。神様はキリストの十字架によって、私たちを罪から救い出し、永遠の滅びから、永遠のいのちへと移してくださいました。それは私たちがそうされるに相応しかったからではなく、ただ神様の恵みによるのです。

神様の恵みは、私だけに与えられたものではありません。私たちに与えられたものです。神様は罪の中にいた一人ひとりを救い出して、キリストの体である教会に集めて下さいました。ですから教会には本当にいろいろな方々がいます。神様の恵みは年齢、性別に左右されません。いろいろな方々がいますが、共通しているのはみんな、神様の恵みによって、キリスト・イエスにあって召しだされた人たちであるということです。教会はいろいろな方々がいらっしゃるので、時に課題も生じますが、恵みもたくさん与えられています。自分だけでは知りえないこと、できないことも、教会では分かち合う事ができます。一人ひとりが持っている個性、賜物がたがいに生かされて、分かち合われていくことが神様の目的です。一人ひとりが個性、賜物を分かち合うことで神様の栄光が表されていくのです。

また今でもすでに教会にはいろいろな方々がいらっしゃいますが、神様はさらに多くの人がまだ神様の救いを受け取っていないこともご存知です。神様はもっと多くの方々を召しておられます。こうしてこのちのすべてのものがキリストにあって集められる時、私たちには想像もつかないようなとてつもない出来事ですが、その時にやっと神様の栄光の一部分が表される事になります。それほどに神様の懐は広く、深いのです。「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです(1:23)」そのような恵み豊かな神様が私たちを罪から救い出し、常に見守り、豊かな交わりのある教会に入れて下さっていることに感謝したいと思います。そして一人ずつでもこのキリストの交わりに加われる方が起こされるように、また今、教会にいらっしゃる方々が守られるように、祈りたいと思います。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集っておられる方々、ご家族のために
  • 9-10月に初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • クリスマス飾付、甲斐師CGNTV撮影のために
  • 宣教師の阿部師、矢花師のために
  • 桜ヶ丘教会のために