敵を愛する

私たちの間でキリストのためになされている良い行いを、すべて知ることによって、あなたの信仰の交わりが生き生きとしたものとなりますように。
ピレモン6

ピレモンへの手紙を開きました。ピレモンへの手紙はパウロからピレモンへ宛てた個人的なお願いの短い手紙です。ピレモンは手紙の内容からすると、パウロと出会い、キリストの救いを受け入れ(19節)、その後、自分の家を開放して教会を建てあげるようになりました(2節)。キリストを述べ伝える者として、パウロから同労者(1節)と呼ばれるほどにまで熱心に働いていたと思われます。ピレモンにはオネシモという奴隷がいました。しかし何らかのトラブルがあり、オネシモは主人であるピレモンに損害を与えた上で、逃亡したのです(18節)。その後オネシモはローマにいたパウロの所にたどり着き、そこで悔い改めてパウロのお世話をするようになりました。当時、主人から逃亡した奴隷は、発見され次第、死刑となることが決められていたようです。パウロはオネシモをピレモンの許に返すべきかどうか迷いましたが、オネシモの主人はピレモンですので、送り返すことに決めたようです。そして主人であるピレモンに、奴隷オネシモに対して寛大な処置をするようにお願いの手紙を書いたのです。コロサイ人への手紙を見ますと、オネシモはティキコと一緒にコロサイを訪れたことが記されています(コロサイ4:8-9)。おそらくオネシモはローマを出発し、コロサイを経由して、ピレモンの所へ帰ったのでしょう。

クリスチャンの愛の行いは、嫌いな人と向き合った時、最大限に試されるのではないかと思います。自分の好きな人、気に入っている人に対して、愛の行いを示すことは比較的容易かもしれません。よく知らない人、初めて会う人に対して愛の行いを示すことは大変なことです。宣教や伝道が大変なのは、相手を良く知らないので、ゼロから信頼関係を築かなければならないからです。しかし最も大変なことは、良く知っていて、それゆえに苦手と思っている人、嫌いだと感じる人に対して、愛の行いを示すことではないでしょうか。ゼロから関係を築くのではなく、マイナスになってしまっている関係をプラスにしていくことは本当に大変であると言えます。しかしイエス様は、「あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい(ルカ6:27)」と仰います。そしてイエス様ご自身がイエス様の敵であった私たちのために十字架に架かって救いを与え、愛を示して下さいました。クリスチャンはイエス様の愛を受け取って、同じように敵を愛する者となるように招かれています。

ピレモンとオネシモの関係はどうだったでしょうか。間違いなく破綻していたと思われます。しかしパウロは全てを承知の上で、この手紙を書きました。パウロはよく手紙の冒頭で、4節のような相手のことを感謝している事、いつも祈っている事、また5節のような相手の信仰や愛の行いをほめる言葉などを書きます。私たちも手紙の冒頭では、相手への感謝や褒める言葉を書くかもしれません。しかしそれが単なる定型句では終わらないでほしいことを神様は私たちに願っておられるのではないでしょうか。「キリストのためになされている良い行い(6節)」には数多くありますが、そのすべてを私たちは知っているでしょうか。比較的容易な部分だけではなく、最も大変な部分も知ることで、私たちの信仰は初めて生き生きとしたものとなるのかもしれません。この手紙を受け取ってピレモンはオネシモに対してどう接したのか、それは分かりません。しかし私たちもこの手紙を自分に宛てられた手紙として受け取りたいと思います。自分の敵をどう愛していく事ができるのか、神様を仰ぎながら考えたいと思います。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 最近、初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々、求道中の方々のために
  • ワックスがけ、スマイル合唱団、宣教礼拝のために
  • FMTC、キッズフェスタのために
  • 南大沢チャペルのために