主を知り、変えられていく

神と、私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。
IIペテロ1:2

IIペテロを開きました。ペテロの手紙は第一と第二があります。いずれの手紙もいろいろな議論がありますが、伝統的にはその名前の通り使徒ペテロが書いた手紙とされています。このペテロは福音書に記されているイエス様の弟子シモン・ペテロです。ペテロはイエス様がつけたあだ名で「岩」という意味です。ローマの皇帝ネロの時代にキリスト教徒は大きな迫害を受けました。その時にペテロは殉教したと言われています。ペテロの殉教については「クオ・ヴァディス」で有名な伝説が残っています。ペテロはローマの町に宣教に行きますが、迫害の手が強まり、一度はローマから逃れようとします。すると途中の道で、イエス様が反対方向から歩いて来られ、ペテロはイエス様に「主よ。どこに行かれるのですか?(ドミネ、クオ、ヴァディス)」と聞きます。するとイエス様は「あなたが民を見捨てるなら、わたしはローマでもう一度十字架に架かりに行く」とペテロに応えます。それを聞いてペテロは覚悟を決めてローマに戻り、殉教したと言われています。自分のようなものがどうしてイエス様と同じ栄光の十字架に架かる事ができようかと、頭を下にして逆さまの十字架に架けられたと言います。

ペテロは福音書においても重要な人物で、ペテロとイエス様のやりとりで神様の真理が説き明かされていくことがたくさんあります。まさにペテロはイエス様を間近に見て、触れて、恵みを存分に味わった人と言えます。イエス様によって心も体もすべてを変えられた人です。そのペテロは教会の人々をイエス様の愛によって深く愛していました。そして一人でも多くの人が自分と同じようにイエス様に出会い、イエス様の恵みを十分に受け、身も心も替えられて欲しいと願っていたようです。

今日は手紙の冒頭の箇所を開きました。聖書にある多くの手紙の書き出しには「神様からの恵みと栄光がありますように」という言葉が添えられることが多いです。この手紙もそうです。ペテロは「神と、私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。」と記しています。そして続けて、神と主イエス様を知れば知るほど、神様は私たちを神様の栄光によって私たちを「神のご性質にあずかる者(1:4)」として下さるという事を書いています。「信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛(1:5-7)」を増し加えて下さると書いています。これらが私たちに備われば、「私たちの主イエス・キリストを知る点で、あなたがたが役に立たない者とか実を結ばない者になることはありません(1:8)」と言っています。私たちは自分で自分には自信が持てないと思います。中高生のキャンプが行われていますが、中高生たちは自分が何者なのか分からなくて悩むとよく言われます。でもそれは大人になってからも同じだと思います。中高生キャンプにスタッフとして参加するたびに、自分はとても足りないものだと痛感します。それは当然と言えば当然かもしれません。私たちは人間だからです。人間は神様の力によって、ようやく立つことができる者です。だから私たちには日々、神様の言葉である御言葉に触れ、神様を知り、主イエス様からいつも「あなたを愛している」と語りかけてもらう必要があります。愛を増し加えて頂き、信仰を強めて頂く必要があります。イエス様から頑固者の「岩」と言われたペテロでさえ、たくさん迷いました。でもイエス様を知って、イエス様の愛を受け続けて変わっていったのです。私たちもイエス様から常に愛を頂き、恵みと平安を頂き続けましょう。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 最近、初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々、求道中の方々のために
  • ワックスがけのために
  • FMTC、キッズフェスタのために
  • 八王子教会のために