私たち力ある者は… 2020年6月10日 祈祷会

各ご家庭での祈祷会に感謝します。どうぞ教会のこと、皆様のこと等覚えてお祈り下さい。皆様の祈祷会が祝されますようにお祈りしております。

賛美 新聖歌196 祈れ物事

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お祈り

  • 週の前半の歩みが守られたことの感謝。
  • 祈祷会を持てる感謝と、お祈りを導いて頂けますように。
  • 同じように家庭で祈祷会を守っておられる皆様のために。

賛美 新聖歌384 主よ御手もて

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聖書

私たち力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきであり、自分を喜ばせるべきではありません。私たちは一人ひとり、霊的な成長のため、益となることを図って隣人を喜ばせるべきです。
ローマ15:1-2

メッセージ

ローマ15章を開きました。今日は一つの御言葉から私が思い巡らしたことについてお分かちしたいと思います。ローマ15:1には「力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきであり」とあります。力のある者と力のない人が登場し、力のある者は力のない人の弱さを担い、助けるべきだと勧められています。これには私たちも賛同すると思います。

しかしローマ15:1はよく見ると「私たち力のある者たち」と書かれています。あたかも私たちには力があるように書かれているのです。私たちは普段、他の人に比べて自分には力があると思っているでしょうか。私はそうは思っていませんでした。しかし私たちが思っている以上に、人付き合いにおける力関係はとても簡単に出来上がり、またとても簡単に逆転するのかもしれません。みんなで一緒に一つの作業を始めると、当然得意な人と不得意な人の差が出ます。そこには意図せずして力関係が生まれています。この時、得意な人がどのように声をかけるか、どのような態度をとるかで、人間関係は簡単にこじれます。そのように考えると、人付き合いにおける力関係は日々生まれては消えているのかもしれません。ちょっと約束の時間に遅れただけで。ちょっと声を荒げただけで。年の差が一つ違うだけで。私たちの力関係は生まれ、私たちの意識の仕方一つで、その差は大きくもなり、小さくもなります。

教団では今、ハラスメント対策をみんなで考えようと牧のひつじの学びで働きかけています。ハラスメントは力関係の差があるところで発生します。最近は日本のスポーツ界でもハラスメントの問題が大きく取り上げられています。ハラスメントを行ったとみられる側を弁護する人が会見で、「あの人にはそんなパワーはありません」と話していたことが印象的です。私たちは日々生まれては消えている力関係の差を、うまく意識出来ていないのかもしれません。

ローマ15:2は「私たちは一人ひとり、霊的な成長のため、益となることを図って隣人を喜ばせるべきです。」と語ります。私たち人間はみな個人差がありますから、当然、能力差があります。その差は比較したり、弱い者を虐げるための物ではありません。弱さを担うための物であり、「霊的な成長のため、益となることを図って隣人を喜ばせるべき」ためのものです。私たちはみな、キリストのからだの各器官なのです。お互いがお互いを必要とし、互いに助け合っています。私たちは能力差による力関係が日々生まれ、変動していることを意識したいと思います。そしてお互いに尊重し、相手を自分よりも優れている者として敬い合いたいと思います。また言葉遣いに気を遣い、相手の徳を高める言葉、励まし力を与える言葉をかけ合いたいと思います。また失敗した時には素直に間違いを認めて謝罪し、赦し合いたいと思います。神様は私たちに力を与えて下さる主であり、また和解を与えて下さる主です。神様の愛と力を正しく受け取り、用いていければと思います。

 

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 最近、初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • 新型肺炎で苦しんでいる方々のために。また困難の中、神様にあって助け合う事ができるように。
  • 教団教会運営会議、聖書塾のため。
  • 今後の礼拝、祈祷会の導きのため。主の最善が成されるように
  • 桜ヶ丘教会のために

賛美 新聖歌298 主に任せよ

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主の祈り

天にまします我らの父よ。

ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を今日も与えたまえ。我らに罪をおかす者を我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。我らを試みに合わせず、悪より救い出したまえ。

国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。

アーメン。

(出典:新聖歌)