礼拝説教要旨
おびただしい証人の群れに
聖徒の日は、先に主のもとへ召された信仰の先人たちを覚え、その歩みに倣うことを願う大切な日です。召天者記念礼拝は、故人を拝むためではなく、先に召された方々と地上にいる私たちが共に神を礼拝する時です。
キリスト者は葬儀においても神を礼拝します。命は神から与えられたものであり、私たちの人生は神の御手の中にあります。そのことを信じて神により頼む時、悲しみの中にも希望が与えられます。聖書は、主に召された者たちが今、神のもとで慰めを受け、涙をぬぐわれ、安息の中にあると教えています。ですから、死はすべての終わりではなく、主のもとへ帰る門なのです。
ヘブライ人への手紙は、多くの信仰の先人たちの歩みを語っています。彼らは苦難や迫害の中にあっても信仰を捨てず、忍耐をもって歩みました。その人生は決して空しいものではありません。彼らの信仰は今も私たちを励まし、勇気を与えています。私たちは「おびただしい証人の群れ」に囲まれながら、同じ信仰の道を歩んでいるのです。
夜空の星の光が、たとえその星がすでに見えなくなっていても私たちを照らすように、先に召された信仰者たちも今なお私たちの歩みを照らしています。彼らは、信仰をもって生きる道が尊く価値ある道であることを証ししています。 だから私たちは決して独りではありません。主に慰められている先人たちに励まされながら、勇気と希望を持って信仰の道を歩み続けましょう。イエス・キリストに望みを置く者には、永遠の慰めと救いが約束されているのです。