【福音宣教】  執り成しの祈りと愛

あけましておめでとうございます。毎年、新年礼拝は連合の年間主題聖句からメーッセージを語らせていただいています。

2026年度のバプテスト教会連合の年間主題聖句はロマ834 「キリストイエスの確かな執り成しの中で」と導かれました。

1.    日本バプテスト教会連合とは

私たちは、宗教法人格を持つ「日本バプテスト教会連合」を形成している教会の一つです。連合には、北は北海道に2教会(江別・蘭島教会)、宮城、埼玉、茨城、千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、三重、京都、大阪、和歌山、兵庫県に54教会を持ち、信徒数2400名、創立61年を迎える団体です。関東地区連合、東海地区連合、関西地区連合、中紀地区連合、南紀地区連合という全国5ブロックにおいて、それぞれの地域ごとに所属教会が協力し合って宣教協力と交わりを持っています。

公益性の高い宗教法人として認証され、年2回の全国総会(予算総会と決算総会)が定められ、理事長、総務・教育・国内宣教・海外宣教、経理理事が選挙で選任されています。

アメリカ、ミネソタ州においてスウェーデン系に移民たちによってジェネラルバプテスト教会(BGC 現在はCWと改称)が設立され、セントポールにおいてべテル大学と神学校を擁し、多くの宣教師を海外に送り出しています。全米で約2000万人の信徒が所属しています。日本には戦後の混乱期から立ち上がりつつあった1948年に初代宣教師牧師としてFBソーリー師が派遣され、東京、和歌山、三重県で宣教が始められました。1983年に宇治教会は連合に加入し、1984年に聖契神学校を卒業した小出牧師が2代目牧師として就任しました。

2.    神の右に着座されたキリスト

神の御子イエスキリストは十字架で死なれ、復活され、弟子たちに「世界宣教命令」(マタイ28:19-20)を与え、栄光の雲に包まれながら天に昇って行かれました。その後、キリストは「天に上げられ、神の右の座に着かれました」(マルコ1619)。

古代社会では、王の右の座は王の後継者が座る場所とされました。ユダヤの国では、神殿は東向きに建てられ、神殿の右(南側)には神の御こころを政治的に司る王の住む宮殿が建てられました。キリストが神の右の座に着かれたことは、「すべての名にまさる名と権威が与えられている」ことを意味しています(エペソ120-21)。

2つの新しい働きが神の右の座に着座されたキリストに与えられました。

第一に、大祭司としての執り成しの祈りを始められました。へブル414-16。 第二に、聖霊と共に教会の頭として弟子たちと共に豊かに働くためです。エペソ122-23

1) 大祭司としての執り成しの祈りを始められました。へブル414-16

「折にかなった助けを得るために大胆に恵みの御座に近づこう」(416)と呼びかけられています。このお方は私たちと同じ人生の試練や困難を経験された、働くことの厳しさ辛さも、父親を亡くした妻や子どもたちの悲しみや痛みや貧しさも知っておられる。誤解されたり、人々のあざけりの的とされ、蔑みられることも、唾を吐き替えられる屈辱も、非合理な暴力を受けることも、みな味わわれました。

だから私たちの「弱さ」に寄り添い、助けることができるのです。この大祭司は十字架でいのちさえ惜しまずささげつくして死なれた愛のお方です。ですからキリストを信じる一人一人を決して神の愛から引き離されることなく、神の愛の中に保ってくださるお方です。ロマ83539に断おいて、断言されているように、誰一人、神の愛と救いから引き離されるようなことは赦さないお方なのです。

「私たちの主キリストイエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ロマ8:39)

私たちは、様々な祈りをイエス様の名によってささげます。しかしイエス様が私たちのためにすでに祈っていてくださっていることを覚えましょう。祈る私たち自身がすでに祈られている尊い存在であることを覚えましょう。父なる神様の最大の悲しみは、御子イエスに結び合わされた者が、神の愛から引き離され再び孤独と迷いの中に奪い去られてしまうことです。私の十字架の愛と真理のことばにとどまりなさいと主イエスは呼びかけておられます。

今年も、新年祈願シートを作成しました。みなさんの祈りを5つ記入し、聖書にはさんで祈りましょう。祈りぬくことができる祈りの課題を書きましょう。祈っておきながら何を祈ったか忘れてしまったという類の「軽い祈り」ではなく、1年かけてでも、いいえそれが効かれるまでは祈りぬくというほどの「重要な祈り」をあげましょう。神様以外に応えてくださるお方はいないといえる祈りを書きましょう。

そして、信じたことは聞かれたと確信をもって祈りましょう(1ヨハネ514-15)。

3.    聖霊と共に教会の頭として弟子たちと共に働くためです。エペソ122-23

天に昇られ神の右の座に着かれたキリストは、そこですべての働きを終えられたのではありません。キリストは約束通り、父のみもとから聖霊を教会に遣わしてくださり、聖霊にあって弟子たちとともに新しい働きを始められました。キリストは教会の頭として、常に臨んでおられます。

その意味で教会は単なる集団ではありません。仲良しグループでもありません。神にあって召し出された者たちの共同体です。教会は、神の右に座しておられるキリストの大いなる権威の下で、キリストから託された御業である宣教の働きを担うのです。そして御霊によって祈る祈りの輪の中にキリストは臨在してくださいます。

「あなたがたのうちの二人でも三人でも私の名によって集まるところには、わたしもそこにいる」(マタイ1819-20) 「もしあなたがたが私の名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたに与えて下さる」(ヨハネ1516)。これらの約束は「あなたがた」と複数で記されていますから、個人の祈りというよりは、教会の祈りを指しています。 教会の頭であるキリストは、御霊によって一つにされた教会の共同の祈りを、父の全能の御力によって、かなえてくださるとの約束が込められています。教会はイエス様が宣言されたように、この世界に置かれた「祈りの家」(マルコ11:17)であるべき存在です。

昨年から礼拝前(9:50-10:00)に、「詩篇を読む会」がもたれ、2-3人で輪になって祈る集いが始まりました。たいへん恵まれています。そしてこの朝の祈りは、教会の隠れた大きな原動力になっている、起爆剤になっていくと私は確信しています。聖霊はみ言葉と祈りのある中で豊かに働かれ、よみがえり神の右の座に着かれたキリストイエスのみ旨を具体的に進め、実を結んで下さるからです。

新年祈願シートに、「教会の祈り」を5つ記しました。一つ一つを主はきっとかなえてくださると私は信じています。中でも、教会から献身者が起こされ、神学校へ送り出し、再び教会に戻って宇治バプテスト教会と連合に仕える働き人となってほしいと心から願っています。新しい1年、祈りつつ歩みましょう。

教会の交わりの中で、相談したり、話し合ったりしたら、必ず一言、手をとりあって共に祈りましょう。祈りあってから別れましょう。宇治バプテスト教会の「良き習慣」にまで育て上げたいと願っています。

「主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように」(詩篇20:5)