【福音宣教】 信仰・癒し・感謝

2023/01/22 礼拝説教 ルカ17:1119 信仰と癒しと救い

イエス様の一行がエルサレムに向かわれる途中、ガリラヤ地方とサマリア地方の国境(くにざかい)に沿って旅を続けておられました。小さな村の近くで10人のツラット(重い皮膚病)にかかった患者と出会われました。出会われた(Apentaw)(不定過去形)は、偶然出会った、相手から出向いてきたと言うよりは、会いに行かれたというニュアンスが強い動詞です。もちろん、ツァラアトの人々が、村の中に入り込むことは許されていませんでした。さらに後から判明しますが、10人の内の1人は混血民族のサマリア人でした(18)。おそらく村から離れた場所で、同じ病に罹った病人同士が民族的な差別意識を捨て、偏見や敵意の壁を越えて苦しみを抱えた仲間同士で、寄り添いながら助け合って生きていたと想像できます。なにしろ、イエス様の時代は、ユダヤ人とサマリア人は激しく反目し合い、敵対関係にあり、互いを差別し非難し合っていました。しかもツァラアトという重い皮膚病は不治の病とされ、この病におかされた者は、神の裁き、おそろしい刑罰を受けた罪人、神に呪われた人と宗教的に差別され、社会的にも隔離され、存在が抹消されてしまっていたような人々でした。バークレーによれば「この病気の人は2メートル以上、近づくことは禁じられていました。風上にいる時には4.5メートルの距離を置かなければなりませんでした」。この掟を破った場合には「石うちの刑」が科せられていました。このように彼等は2重3重の苦悩の中に捨て置かれ非人間的に扱われていました。

1 イエス様の癒し

10人の病人たちは遠くから大声で「イエス様、先生、あわれんでください」(13)と助けを求め、叫びました。するとイエス様は「あなたがたの身体を祭司たちの所へ行って見せなさい」(14)と命じました。彼らにはその意味するところがわかっていました。当時、ツラットという病気が快復したか否かは祭司たちが調べて、完治してると証明されれば、さらに8日間の清めの儀式を受けて、晴れて社会復帰が赦され、日常生活に戻ることができたからです。ところが、祭司たちは、ほどんど都エルサレムとその近郊に住んでいましたから、彼らの所へ行って身体を見せるためには、州境からいくつもの村や町を通りすぎて行かなければなりませんでした。それは勇気のいることでした。イエス様のことばを信じるしかありませんでした。まだ癒されていないのに、信じて祭司たちのもとへ行かなければなりませんでした。そんなリスクを背負うよりは、人里離れた場所でそっと静かに暮らしている方がまだ安全だったかもしれません。無謀なことをせず、無残に石で撃ち殺されるよりは、病気のまま隠れてひっそり生活をしているほうを選ぶこともできました。

「何もしなくて後悔するよりは、思い切ってやってみて後悔するほうがよい」と良く言われます。恐れは迷いや不安は、避けている限りは出口が見えないものです。一歩踏み込む、勇気や決心が、恐れや迷いや不安の幻想の霧を晴らし、出口への光を見せてくれます。

ここから、私たちはキリストを信じる信仰の2つの大きい特徴を知ることができます。

第一に、まだ見ぬ事実を信じることです。彼らはまだ癒されていませんでした。しかし救い主イエスの言葉を聞いて、信じて、祭司のいる都や近くの町へ出向いたのです。信仰とは信頼です。救い主イエスのことばを聞いて、まだ見ぬ事実を信じ、信頼して一歩進むことです。信仰とは信じてキリストを仰ぐことですが、同時に入信、つまりキリストの中に飛び入ることでもあります。「信仰とはまだ見ぬ事実を確信すること」(へブル111

第二に、人間の信仰に先立って、救い主のあわれみが先立っている事実です。

10人のツァラアト患者は、イエス様に助けと癒しを願い求めました。それはご利益だといわれるかもしれませんが、イエス様のもとに来て願い求めることは彼らの信仰であることはまちがいありません。まだ癒されてもいないのにリスクを抱えながら、イエス様の言葉を信じて祭司たちのもとへと一歩を踏み出した。これも彼らの信仰であることは否定できません。りっぱな信仰です。でも忘れてはならないことがあります。それは、彼らの信仰に先立って、イエス様自身が彼らの住む場所にあえて出向かれたという事実です。つまりイエス様のあわれみと恵みが先立っていたことです。私たちの信仰のすべての営みには、救い主イエスの愛が先立っているのです。この先立つ愛を「摂理」、神の必然の愛といいます。私たちの信仰のあらゆる営みは、先だつ神の愛によって導かれ支えられています。ここを間違えると「人間の信仰」が救いの条件になってしまいます。

2. 癒されて引き返して来たサマリア人の感謝

さて、彼らは信じて祭司たちのもとへ出かけてまもなく、ツァラアトが癒され綺麗な体に回復していることに気がついたことでしょう。エルサレム近郊まで長い旅をすることからイエス様は守ってくださったのです。彼らは祭司に調べてもらう前にきっと自分たちでお互いの身体を調べたことでしょう。医学的には「癒された」、宗教的には「きよめられた」ことがわかったはずです。そうとわかれば元気いっぱい全力疾走で祭司たちのもとへ駆け出したにちがいありません。ところが一人だけ、反対方向へ駆け出した者がいました。彼は「大声で神をほめたたえながらイエス様のもとへ帰ってきた」(15)のでした。そして足もとに感謝しつつひれ伏しました。彼はサマリア人でした。彼はユダヤ人の祭司のもとに行っても拒否されるだけですからイエス様のもとに帰って来るほかありませんでした。しかし彼はイスラエルの神、まことの神を賛美し喜んでいます。イスラエルの神は全世界の神であり、キリストは全世界の救い主と理解できたからです。

「他の9人はどこへ行ったのか」とイエス様は問いかけておられます。まことの救い主を受け入れることができない神の民であるユダヤ民族のゆくすえまでを見ておられるイエス様の深い痛みと悲しみが伝わってくることばではないでしょうか。

キリストを信じる信仰の第三番目の特徴がここにみられます。まだ見ぬ事実を信じる信仰、私たちの信仰に先立つキリストの恵み、そして、キリストのもとに帰って来て「感謝しつつ礼拝する」姿です。感謝と礼拝はキリスト教信仰の本質と言えます。良いことがあれば感謝するのは世の中の人でも行っています。良きときにも思うようにことが進まないときにも、「神を崇め賛美し、キリストに感謝し、ひれ伏して礼拝する」、ここから新しい人生が始まるのです。ユダヤ人であっても、サマリア人であっても、異邦人であっても、2000年前でも今日でもまったく変わりません。なぜならイエスキリストは「昨日も今日もいつまでもかわることがない」(へブル138 口語訳)唯一の救い主だからです。

イエス様は帰って来た人に「あなたの信仰があなたを救った」(swzw 不定過去)と宣言し祝福しました。「癒し」は確かに救いの一部ですが、すべてではなく始まりです。感謝と礼拝の日々が始まってこそ、本来の完全な救いが実現していきます。すでにキリストのよって与えられた癒しと救いは、私たちの感謝と礼拝の生活の中で完成しつづけ、神の国が完成する時を待ち望むのです。「さあ、立って(不定過去)行きなさい(現在形)」と、イエス様はこのサマリヤ人を出身地へ遣わされました。彼が失っていた社会生活、家族生活、彼が願うすべての営みを回復するためです。感謝しつつイスラエルの神を礼拝していくことはサマリヤ人社会では困難が伴うと想像できます。しかし、まことの救いと幸せをキリストの名のもとで得た彼から、喜びが失われることは生涯なかったことでしょう。



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