ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2008年5月4日


2008年5月4日 主日礼拝説教(教会設立2周年記念礼拝)
「あなたのために祈りました」(ルカの福音書22章31節〜34節)

■サタンがふるいにかける

31シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。32しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

 31、32節は、ルカだけが残していることばです。この2節のことばで、イエス様が十字架にかかろうとしている前に、どれほど弟子たちのことを案じて祈ってくださったかがわかります。
 神様の救いのご計画が着々と進んでいるこの時、サタンの働きが活発になってきました。すでに3節で、サタンはユダに入り、ユダはイエス様から離れていきました。そして、残りの弟子たち11人にも、サタンの働きかけが始まったというのです。
 そのことをサタンが神様に「願って聞き届けられました」。このようなことは、ヨブ記にも出てきます。サタンも神様の許しのもとにあったことがわかります。
 サタンが弟子たちを「ふるいにかける」というのです。風の吹いているところに、麦ともみ殻がいっしょになっているものを落とす。軽いもみ殻は吹き飛ばされ、重い麦だけが下に残ります。サタンの働きによって、弟子たちのイエス様に対する忠実さが試されようとしています。
 弟子たちがそのふるいにかけられた時、自分たちの弱さを知らされる。サタンはそこを狙ったのです。
 今までも、そのような状況になったことがあった。そして、多くの者がイエス様のもとを去っていきました。5千人の給食の奇蹟のあとです。

ヨハネの福音書6:66「こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。」

 しかし、12弟子たちだけは、最後までイエス様についてきました。ユダは去って行き、残りは11人です。その11人がふるいでふるわれようとしているのです。
 イエス様は、その試練に弟子たちは負けてしまうことをご存知でした。イエス様は、「けれども、あなたがたこそ、わたしのさまざまの試練の時にも、わたしについて来てくれた人たちです」(28節)と言われました。今までは、弟子たちはイエス様がいっしょにいらっしゃったので、どんな試練にもついてくることができました。イエス様がいなくなろうとしています。目の前にイエス様がいらっしゃったときは、イエス様が救い主であることを弟子たちは信じることができました。
 ペテロは、イエス様を前にして信仰を告白しました。

ヨハネの福音書6:67−69「そこで、イエスは十二弟子に言われた。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」」

 このように言うことができたペテロは、もうすぐ羊飼いのいない羊のようになってしまうのです。十字架にかけられるイエス様を、重罪人として処刑されるイエス様を、どうして救い主として信じ続けることができるのでしょうか。

■あなたのために祈りました
 そのようになる前に、イエス様はペテロのために祈ってくださったのです。「あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。」
 イエス様が祈ってくださって、ペテロの信仰は失われることはありませんでした。ペテロの弱さは露呈されてしまったけれども、ペテロの信仰は守られたのです。
 イエス様はペテロの弱さ、未熟さをご存知でした。イエス様が、いろいろ教えたけれども弟子たちの知識はまだ不十分であり、イエス様を理解できていませんでした。弟子たちは、まだイエス様の復活を経験していなかったのです。しかし、神様が生きておられ、自分たちと共にいてくださる。そのことを経験するならば、また立ち直ることができる。いや世に勝つことができるのです。
 弟子たちは、イエス様が捕らえられた時、逃げ出してしまう者たちでした。ペテロは3度もイエス様を知らないと、言ってしまう者でした。しかし、彼らの思いは、心の中心にはイエス様がいて、それを否定することができなかったのです。
 彼らはイエス様から愛された弟子でした。イエス様がご自分を知らせるために彼らを選んで、おそばにおいてくださったのでした。イエス様は、ペテロの信仰告白のあと言われました。

ヨハネの福音書6:70「イエスは彼らに答えられた。「わたしがあなたがた十二人を選んだのではありませんか。」

 そのような弟子たちのため、ペテロのため、イエス様ご自身がとりなしの祈りをもって、信仰を守ってくださいました。それは、十字架を前にして最大のピンチに陥るペテロに、イエス様がなさってくださった最大の恵みでした。
 その祈りは、サタンがふるいにかけないようにではなく、それに負けないようにでもなく、「信仰がなくならないように」という祈りでした。
 その祈りのことばは、ルカの福音書には残されていません。ヨハネの福音書にイエス様のその気持ちが出ている祈りが残されています。

ヨハネの福音書17:11「わたしはもう世にいなくなります。彼らは世におりますが、わたしはあなたのみもとにまいります。聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。」

■ペテロの新しい使命
 そしてイエス様は、ペテロに「立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と言われました。これが、イエス様がペテロに対して信仰がなくならないようにと祈った最大の目的でした。
 ペテロたちの働きによってでき上がっていく教会。その教会が力づけられ、信仰によって歩んでいくこと。互いに支えあい、主の御名によって一つとなる教会。そのような教会をイエス様は見ていてくださったのでした。
 シモン・ペテロは、それを聞いてイエス様に言いました。

33シモンはイエスに言った。「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」34しかし、イエスは言われた。「ペテロ。あなたに言いますが、きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」

 ペテロは、イエス様と共に牢屋にも行きます。死んでも従います、と言っても、今日、これから2時間後、3時間後「鶏が鳴くまでに」に「三度、イエス様を知らない」と言う、とイエス様は言われるのです。
 イエス様は、復活後ペテロに現れ、もう一度「兄弟たちを力づけてやりなさい」の具体的な使命を与えてくださった。

ヨハネの福音書21:15「彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」」

 イエス様は、ペテロに「わたしの小羊を飼いなさい」と言われました。そして、さらにペンテコステの出来事へと続いていきます。
 サタンのふるいにあいながら、弟子たちが信仰を守られること。その弟子たちに復活したイエス様が現れてくださったこと。それを見て信じたこと。もう一人の助け主と言われる聖霊が一人一人に与えられたこと。
 これらの出来事によって弟子たちの歩みは始まったのです。教会は始まったのです。

■ゆりのきキリスト教会創立2周年
 ゆりのきキリスト教会は、2006年5月7日に始まり、きょう2周年を迎えました。
 2006年4月から八千代中央で新しい教会を始める、という思いを神様は起こし、導いてくださいました。まず、教会のための集会場をさがしました。オーナーさんが違う宗教を信じているということで断られたことがあります。また、上が住宅で音が響くと困るからということもありました。貸してくださるという所が駅から遠すぎたり、広くて家賃が高かったりしました。
 3月に入って、駅前のローソンの2階があいているので、大丈夫かどうか聞いてみます、という連絡がありました。そこは以前、別の不動産屋さんが「たぶんダメでしょう」と言って聞いてくださらなかった所でした。次の日、教会に貸してもいいと言っているので、見てみてくださいという連絡が来ました。さっそくこの場所に案内してもらい、見せていただきました。正式契約をしたのが、3月25日でした。4月から準備を始めたいと願っていたので、それがちょうど最後の週でした。
 そのようにして、私たちは喜んで、4月から夫婦二人で礼拝を守り、備品などの準備を始めました。4月の最後の週に開所式を予定していました。ところが、4月23日に父が倒れ、緊急入院しました。兄弟交代で、泊まりながら付き添いました。27日に亡くなり、告別式が5月1日にありました。
 2006年5月7日、礼拝を始めることができたのでした。9名の出席でした。椅子はまだなく、床に座布団を敷いて、講壇は事務机に段ボール箱を置いてのスタートでした。
 そして、今日、2周年を迎えることができました。ここまで守り、おひとりおひとりを導いてくださった主に感謝をします。また開拓伝道のために祈り支えてくださった多くの方たちを覚えます。
 今日ここに集った私たちは、共に礼拝をささげ、共に力づけ合いながら、イエス・キリストを信じ救われる方が起こされていくために祈っていきたいと思います。

■イエス様のとりなしの祈り
 イエス様は今も、私たちのために祈ってくだします。

ヘブル人への手紙7:24−25「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」

 イエス様は、弟子たちの信仰がなくならないように祈られました。信仰があれば勝利が与えられるからです。私たちも、イエス様のとりなしの祈りに支えられて、この教会で信仰を守っていきたいと思います。3年目のゆりのきキリスト教会が恵みと祝福にあふれる教会となりますよう、祈りつつ歩んでいきたいと思います。


ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2008年5月4日