ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2012年11月18日


2012年11月18日 主日礼拝説教
「神に聞き従う」(使徒の働き4章13節〜31節)

■はじめに

 ユダヤ議会はペテロに、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか」という尋問しました。ペテロは、美しの門の所にいた男が歩けるようになったのは、「あなたがたが十字架につけた」イエス・キリストを、神様が「死者の中からよみがえらせた」。その「ナザレ人イエス・キリストの御名による」ことである。「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていない」と答えたのでした。

■ユダヤ議会

 それを聞いて議会は、彼らの大胆さに驚きました。確信に満ち、恥じるところがなく、堂々と語ったからでした。ペテロたちは「無学な、普通の人」であることが、議員たちにわかりました。それは、学者や祭司になるための正規の学問をしていなかったということです。
 ユダヤの指導者たちは、ペテロたちを議論で打ち負かすことが困難であることを思い知らされました。しかも、そばには美しの門でいやされた男が立っていました。議会は、ペテロが言うように、男が「イエス・キリストの名」によっていやされたことを認めざるを得ない状況に立たされたのでした。
 ペテロ、ヨハネは一時議場から外に出され、議員だけでどうしたらよいか協議しました。この男がいやされたことはもう知れ渡っていることであり、「われわれはそれを否定できない」。それはそれでしかたがない。彼らの心配は、このままにしておいたならばキリスト教は広まり、ユダヤ人社会に深刻な影響が出ることでした。
 それで出された結論は、今後「この名によって語ってはならない」と脅して、ペテロたちを釈放するということでした。

18そこで彼らを呼んで、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。

 イエス様の場合は、自分を神としたという罪で処刑することができましたが、弟子たちに対しては、病人をいやしたことは善い行いであったので、そのことで罪に定め罰することができなかったのでした。

■神に聞き従う

19ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。20私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」

 ペテロとヨハネは、その命令に従うことができないと答えました。自分たちが見たこと、それはイエス様の復活と昇天であり、イエス様の御名によって、実際に男の足がいやされたことでした。自分たちが聞いたこと、それはイエス様が自分たちと生活を共にし、旅をした時に、イエス様が話し、イエス様が教えてくださったさまざまなことでした。
 ペテロたちは、それらを話さないわけにはいきませんでした。だれにもそれを止められませんでした。ペテロたちは、イエス様から証人となるように召されていたからでした。
 話さないわけにはいかないという思いは、パウロも語っています。このような思いにさせるのが福音の力、また聖霊の働きです。

コリント人への手紙第1、9:16「というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわいだ。」

 ユダヤ議会は、自分たちこそ聖書を守り、神の声を代弁していると思っていたのですが、ペテロはそれを人間の命令であるとしたのでした。
 議会は、これ以上してはいけない、今度議会に来るようなことがあったら、どうなるかわからないと脅し、釈放しました。それは、民衆がこの出来事を知り、神様がしてくださったことであると信じ、神様を賛美していたからでした。その民衆を恐れて、ペテロたちを罰することができなかったのでした。民衆を扇動してイエス様を十字架につけた彼らでしたが、今度は、その民衆を黙らせることができなかったのでした。
 このように言われてペテロたちは釈放されますが、ペテロは語ることをやめなかったわけですから、またつかまることになります。2度目につかまった時は、「あの名によって教えてはならないときびしく命じておいたのに、何ということだ。エルサレム中にあなたがたの教えを広めてしまい、そのうえ、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしているではないか」(5:28)と、ペテロはこの時の決定に違反したとして審議されることになります。

■釈放されたペテロ

 釈放された後、ペテロたちは仲間のところに帰っていき、彼らに起こったことを残らず報告しました。そこに集まった人たちはすぐに祈りました。

24これを聞いた人々はみな、心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った。「主よ。あなたは天と地と海とその中のすべてのものを造られた方です。

 神様はすべてを造り、すべてをご支配しておられるお方であり、すべてをご存じであられるので、今回起こったことも神様の御手のうちにあったことでした。そして詩篇2篇1−2節のことばを使って祈りました。

25あなたは、聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの父であるダビデの口を通して、こう言われました。『なぜ異邦人たちは騒ぎ立ち、もろもろの民はむなしいことを計るのか。26地の王たちは立ち上がり、指導者たちは、主とキリストに反抗して、一つに組んだ。』

 この世に支配者たちが、まことの支配者である神とキリストに反抗しようとも、それはむなしいことだ、とうたった詩篇です。イエス様に対する人間たちのむなしい反抗、それは27節にあるように、「ヘロデ、ポンテオ・ピラト、異邦人、イスラエルの民」たちの反抗であり、それにもかかわらず、むしろそのことを通して、神様のご計画が実現したのでした。

28あなたの御手とみこころによって、あらかじめお定めになったことを行いました。

 今までもペテロの説教にありました。神様に反抗したこと、イエス様を十字架につけたこと、それらのことは神様のご計画でした。そのことを通して、神様の救いがなったのでした(2:23、3:18)。
 ヘロデもピラトも、またユダヤの指導者たちも神様の救いを達成するために仕えさせられていただけでした。そのことを私たちは知ります。神様の御心は、なんと計り知れがたいことでしょうか。

ローマ人への手紙11:33「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。」

■祈りの答え

29主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。30御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」

 彼らは祈りました。ですから、今起こったことをご覧ください。私たちに対する迫害も神様のみこころの中にあることです。どうか私たちに、証し続けることができるよう力を与えてください。いやしと不思議なわざを行う力をください。語り続ける勇気を与えてください。

31彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。

 祈り終わると、地震が起こったかのような現象が現れました。神様が聞いてくださり、答えてくださったしるしでした。その時、ペテロが議会で経験した「聖霊に満たされて語った」(4:8)ことが起こりました。「一同は聖霊に満たされ」、大胆に神のことばを語りだしたのでした。彼らの神のことばを大胆に語り続けたいという願いは聞かれ、神様のみこころであることを確信できたのでした。
 イエス様が受けられた苦しみは、神様のご計画でした。同じように、弟子たちが受けようとしている迫害も神様のご計画であったのでした。イエス様が最後の晩餐の席でこう言われました。

ヨハネの福音書15:18−19「18もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。19もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。」

 世が憎むことを通して、教会が強められ、信じる人たちが加えられていく。これがイエス様の言われたことであり、初めての迫害を通して彼らが確信したことでした。それで弟子たちは大胆に語り続けるのです。

「私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」「あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」

 その思いに対して、神様は「聖霊の満たし」によって答えてくださいました。これからも弟子たちは、どのような困難があろうともイエス様の救いを伝えていくことになります。それは神様のご計画であり、イエス様の御名を通して、イエス様が弟子たちと共にいてくださることによって実現していくのです。そのようにして、イエス様の救いが私たちにも届けられたことを覚え、感謝して今週も歩みたいと思います。


ゆりのきキリスト教会テキスト礼拝説教2012年11月18日