ゆりのきキリスト教会>テキスト>礼拝説教2014年12月7日
2014年12月7日 主日礼拝説教
「神と人とに愛された」〜イエス・キリストの生涯12. 12歳のキリスト〜(マタイの福音書2章39節〜52節)
私たちの主イエス様は幼いころ、どのような子ども時代を過ごされたのでしょうか。実は、そのことを知ろうとしても、聖書にはイエス様の子ども時代についてほとんど何も書かれていません。イエス様についての記述のほとんどが、30歳を過ぎてからの3年間の歩みであり、それもイエス様が十字架にかかられる前の、最後の1週間のことだけで3分の1の分量を費やしているのです。
それというのも、聖書はイエス・キリストの伝記、生涯を書くのが目的ではないからです。聖書は、イエス様が私たちの救い主であるという一点に焦点をあてているのです。
さてこのような聖書ですが、たった1つ、今日お読みしました箇所にだけイエス様の少年時代のことが書かれています。
39さて、彼らは主の律法による定めをすべて果たしたので、ガリラヤの自分たちの町ナザレに帰った。
この箇所については、前回見ましたマタイの福音書で詳しく書かれていました。イエス様が3人の博士たちの訪問を受けられた後、神様の導きによってエジプトへ逃れ、そしてまたユダヤの地に戻って来られ、さらにガリラヤのナザレに住むようになったいきさつを読みました。
ルカはそのエジプト行きのことを省いて、生まれて間もなくあった神殿でのきよめの儀式をすまされてからナザレの町に戻り、そこでイエス様は子ども時代を過ごされたと記すのです。
40幼子は成長し、強くなり、知恵に満ちていった。神の恵みがその上にあった。
41さて、イエスの両親は、過越の祭りには毎年エルサレムに行った。42イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、43祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムにとどまっておられた。両親はそれに気づかなかった。
イスラエルでは普通、子どもたちは家庭で十戒やイスラエルの歴史を両親から教えられます。たとえば過越の祭りのたびに、子どもたちから「どうしてこのようなことをするの」という問いかけがなされ、両親がそれに答えて、神様がエジプトからイスラエルの民を導き出してくださったこと、イスラエルの民が犠牲の子羊の血を柱に塗って助けられたことを話し、出エジプトの、その夜に食べた「種を入れないパン」を家中で食し、神様に感謝するのでした。
このように育てられたイスラエルの子どもたちは、5歳になると会堂にあった学校で神の律法、旧約聖書を学ぶことになります。律法を暗記し、その解釈を学ぶのです。イエス様もそのような子ども時代を過ごされたことでしょう。そこで能力があり、恵まれた家庭であったならば、エルサレムに出て著名な律法学者のもとで、神の律法をさらに深く学ぶことになります。
しかし、イエス様の家庭はそれほど裕福ではありませんでしたし、イエス様の下に、弟たち妹たちが生まれました。長男であったイエス様は、父ヨセフから大工の仕事を教えてもらい、家族を支えるという役割を負ったと思われます。
さて、このようにして成長されたイエス様が12歳になられました。両親は、エルサレムでの祭りの務めを果たし、親戚や知人たちと共にナザレへ帰る道をたどりました。
エルサレムからナザレまでは、およそ3日ほどの旅です。街道はたくさんの人が行き来し、ごったがえしていました。両親は、当然イエス様もその中にいるものと思っていました。一日が過ぎて、ヨセフとマリヤは、息子のイエスがいないことに気づきした。あっちを捜し、こっちを捜して、結局エルサレムまで引き返したヨセフとマリヤは、3日の後にイエス様が神殿の中におられるのを見つけました。
イエス様は、宮で教師たちの真ん中に座って、話を聞いたり、質問をしておられました。周りにいた人々は、イエス様の受け答えが知恵に満ちているので、驚いて聞いていました。それを見た両親はびっくりしました。
48両親は彼を見て驚き、母は言った。「まあ、あなたはなぜ私たちにこんなことをしたのです。見なさい。父上も私も、心配してあなたを捜し回っていたのです。」
しかし、両親が心配して探し回ったということばに対し、イエス様はこう答えました。
49するとイエスは両親に言われた。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」
イエス様が神の御子であられることを思えば、このお答えはもっともなことですが、この時は、両親にはイエス様のおっしゃったことばの意味がよくわかりませんでした。
イエス様がもう一度この神殿に来て、神殿を「わたしの父の家」と呼ぶ時が来ます。イエス様は、神殿で不正な商売をしていた者たちを追い出して、このように言われました。
ヨハネの福音書2:16「また、鳩を売る者に言われた。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」」
51それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた。
マリヤが心に留めておいた12歳のあの日、あの時のイエス様のことばを、あとでルカがマリヤから聞き、聖霊の導きによってそれを書き留めたのでした。これはイエス様が12歳の時、すでに自分が神の子であり、自分の父は神だと自覚なさっていたことを示すエピソードでした。
52イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。
これは、その後イエス様が成長なさり、30歳になって神の国を宣べ伝え始めるまでの生涯を記したことばです。「ナザレに帰って、両親に仕えられた」、「神と人とに愛された」。
イエス様は父なる神様に従い、人との交わりの中で、知恵が進み、背たけも伸び、成長されていきました。イエス様には、父や母でさえ踏み込むことにできない、父なる神様との深い結びつきがありました。
しかしイエス様は、ナザレに帰って、自ら進んで両親に仕え続けました。神の御子としての自覚がありながら、人となった神の子が果たす役割は、家族の中にいて、両親に仕えるという道でした。その仕えるという姿勢は、30歳を過ぎて、神のみことばを伝えるために歩み始めてからも、イエス様はしもべのように仕える者として、十字架の死に至るまで歩み続けるのです。
ピリピ人への手紙2:6−8「6キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、7ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、8自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。」
マルコの福音書10:45「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」
母マリヤ、弟たち、そして妹たちは、イエス様にとって大切な家族でした。正確な時はわかりませんが、父ヨセフが亡くなり、イエス様は長男として一家の大黒柱となって家計を担われます。
イエス様はやがてご自分に定められた時が来ると、家族のもとを離れ、十字架への道を歩まれます。その時には、弟たちも一人前の大工になり、家計を肩代わりできる年になっていたことでしょう。
主が12歳の時にエルサレムの神殿に詣で、自分の父は神であることを意識してから長い年月がたっていました。その年月の間、イエス様はナザレで両親に仕え、ごく当たり前の人間としての務めを果たされました。そして、「神と人とに愛され」成長なさったのです。
私たちは今日、イエス様が家族に仕えられた年月があったことを覚え、イエス様の仕える者の姿を覚えたいと思います。私たちが主イエスを信じることができたことを感謝いたします。私たちは、神と人とに仕えて、家族とともに、家族に支えられて、家族に仕えて、家族に愛されて生涯を送りたちと思います。
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