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2015年3月1日 主日礼拝説教
「神の宮をきよめる」〜イエス・キリストの生涯24. 最初の過越と宮きよめ〜(ヨハネの福音書2章12節〜22節)
カナで行われた結婚式にイエス様と弟子たちが出席しました。式の途中で、ぶどう酒がなくなってしまいました。その時イエス様は、初めてのしるしとして水をぶどう酒に変えられました。
12その後、イエスは母や兄弟たちや弟子たちといっしょに、カペナウムに下って行き、長い日数ではなかったが、そこに滞在された。
イエス様たちはカナから「カペナウム」に下って行きました。カナは丘の上の村であり、カペナウムはそこよりも低いガリラヤ湖畔の町でした。カペナウムは、これから始まるイエス様のガリラヤ伝道の中心となった町であり、イエス様は後にここに住まうことになります。
13ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。
「過越の祭り」は、ユダヤ人が出エジプトした時に神様が定められた、ユダヤ人にとって最も大切な祭りです。その祭りの時には、ユダヤ人はエルサレム神殿に行って礼拝をすることになっていました。イエス様は、このように過越の祭りや律法を忠実に守っておられました。
この時がイエス様の公生涯の最初の過越の祭りでした。イエス様が十字架にかかられたのが、やはり過越の祭りの時でした。その間にもう1回過越の祭りを迎えられます。
ヨハネの福音書6:4−5「4さて、ユダヤ人の祭りである過越が間近になっていた。5イエスは目を上げて、大ぜいの人の群れがご自分のほうに来るのを見て、ピリポに言われた。「どこからパンを買って来て、この人々に食べさせようか。」」
これは、男5000人にパンを与えられた奇蹟の時です。イエス様は公生涯で3回の過越を経験されることになります。それで、イエス様の公生涯はおよそ2年半であったということになります。
第1回目の過越の時にイエス様がエルサレムに上られた時のことは、ヨハネの福音書だけが取り上げています。
14そして、宮の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのをご覧になり、
イエス様はエルサレム神殿に行かれ、そこで商売をしている人たちをご覧になりました。そこは広い神殿領域のうち「異邦人の庭」と呼ばれていた境内でした。ここはユダヤ教に改宗した異邦人が静かに礼拝をささげる所でした。それが商売の場となって、雑踏と騒音の中にあったのです。
「牛や羊や鳩」は犠牲をするために必要なもの、また「両替」は外国の貨幣しか持っていないユダヤ人のために、またユダヤのお金しか神殿にささげることができなかったのでどうしても必要なものでした。しかしこのような商売の裏には、祭司たちがこれら業者と結んで利益を山分けし、また場所代を受け取っていたとも言われています。
イエス様の怒りと行動は激しいものでした。むちを作り、動物を追い出し、両替人の金をまき散らし、台をひっくり返しました。
イエス様は、この混乱の中、神殿を「わたしの父の家」と言われました。イエス様が神の子であり、父の礼拝の場所をきよくする権利を持っていることを宣言したのです。このとき、ユダヤ人たちはイエス様の言うことは正しいことであったので、あえて反対することもできませんでした。
「父の家」については、イエス様が12歳の時も同じような発言をしました。
ルカの福音書2:49「するとイエスは両親に言われた。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」」
イエス様は2年後、十字架にかかられる前、もう一度同じようなことを神殿で行われます。追い出された彼らは、何も反省することなく、また神殿で商売を続け、祭司たちもそれを黙認したのです。
マタイの福音書21:13「そして彼らに言われた。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。」」
2回目は、「強盗の巣にしている」と叱責されました。
17弟子たちは、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。
このイエス様の行動を見ていた弟子たちは、詩篇69篇のことばを思い起こしました。それは22節と同じ、復活の後であったと思われます。
18そこで、ユダヤ人たちが答えて言った。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」
この時「ユダヤ人たち」、これはユダヤ教指導者のことです。彼らはイエス様の行ったことが神から出たものなのか、あるいは預言者としての活動なのかを知りたかったのです。そのしるしがあるならば、この行為は正当的なこととされるのでした。
19イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」
これは主イエス様の復活の預言でした。イエス様は、この時はご自分が救い主キリストであることをはっきりとは宣言されませんでした。そうしたならば直ちに捕らえられ、死刑に処せられたかもしれません。イエス様の時はまだ2年先でした。
「あなたがたはしるしを求めています。そのしるしとは、わたしが十字架につけられて後、3日目に死人の中からよみがえることによって示されます。」イエス様はご自分の教えの真理を、復活によって確かなものとされるのです。
20そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」
ヘロデ大王によって始められた神殿の修復工事はまだ終わっていませんでした。このイエス様の「三日で建てよう」ということばは、彼らの心に植えつけられました。2年後、彼らはこのことばをもってイエス様を裁判で訴え、また十字架上のイエス様を嘲笑しました。
マタイの福音書26:61「言った。「この人は、『わたしは神の神殿をこわして、それを三日のうちに建て直せる』と言いました。」」
マタイの福音書27:40「言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」」
21しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。22それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。
ヨハネによる読者へ説明です。イエス様が復活された時に、弟子たちはイエス様が言っていたことばと、聖書がすべてイエス様がキリストであることを示していたことを信じたのです。
イエス様は、「神様を思う激しい熱心さで」宮きよめを行われました。そして、ご自分が3日目によみがえることを預言されました。イエス様は、神の宮ではない、ユダヤ人だけが奥まで進み、異邦人は「異邦人の庭」までしか行けないような場所ではなく、これからはキリストのからだである教会で、イエス様のよみがえりを記念して毎週礼拝をするようになることを見ておられたのです。
律法を守るために、神殿を商売の家としてしまったユダヤ教の指導者たち。一番大事なエルサレム神殿を、静かな礼拝の場から喧噪の場に変わってもそのままにしておいたユダヤ教の指導者たち。そうではなく、どこででも礼拝できる、新しいキリストのからだである教会で霊とまことによって礼拝できるように、イエス様はしてくださったのです。
ヨハネの福音書4:23−24「23しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。24神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」
それは、イエス様が私たちの罪のために犠牲となってくださったからであり、またイエス様の十字架の死によって神殿の幕屋が真っ二つに裂かれたことによって、だれもが自由に神様に礼拝できるようになったからでした。
神殿を壊すほどの激しさと、自ら十字架への道を歩み、私たちの罪のために死に渡されたイエス様が望んでおられた毎週毎週行われる主の礼拝を、これからも心をこめて守っていきたいと思います。
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