2005/1/2

父なる神の恩寵を受けた人
サム下6:1〜15


新しい年を迎えました。
恵みの太陽が、皆さん一人一人の心の中に昇り照らして、明るい一年を過ごすことができますようにお祈りします。

さて、今日の本文に「オべデ・エドム」なる人物が登場します。オべデ・エドムは、琴を持って指揮者の一人で、神の箱の前で門を守る務めを行っていた人でした。(歴代上15:21、24)そのオべデ エドムが、神の契約の箱を自分の家に受け入れた3ヶ月の短い間に大変多くの祝福を受けました。オべデ・エドムとは、如何なる人物でしょうか?また、どのようにして、それほど大きな祝福を受けることが出来たのか、聖書の中にその秘訣が記されています。
今日、私たちはこの出来事を通して学び、この一年をオベデ・エドムのように神様の祝福を享受することが出来る者となりますように。

1.オベデ・エドムは御言葉だけを信じ、仕える者でした。
 本来 神様は、契約の箱を運ぶときには、レビ人の中でコハテの子たちが運ぶようモーセを通し命令しました(民数記1:51,4:15、歴代上15:2)しかし彼らは、その命令に従いませんでした。ウザは牛がつまずいた時、人間的な思いで神の箱に手を伸べ、それを押えたので神様が怒りを発し、彼はその場で死んでしまいました。
 このような出来事の中で、祝福を受けた人は他でもなくオベデ・エドムでした。彼の名前の「オベデ」とは「仕える」と言う意味のヘブル語からとった名前で「エドムに仕える」または「エドムを礼拝する者」という意味です。
 その名前が表しているようにオベデ・エドムは、単に門を守る人に過ぎない人でありましたが、自分の目上の人を愛する人で、真心から神様を情熱的に愛する人でありました。その結果、国全体にそのうわさが広がるほど祝福を受け、アマジャ王の時までその子供ら62名も神の宮で仕える祝福を受けました(歴代上26:4〜8)。

2.オベデ・エドムは数多くの人々の中から選ばれました。

神の箱が3ヶ月の間オベデ・エドムの家に、その家族と共にとどまったことが記されています(歴代上13:14〜15)。すなわち、神の箱はオベデ・エドム個人だけではなく、その家にいる家族と共にいたということです。オベデ・エドムの家族は、はたして神の箱にどのように仕えていたのでしょうか?きっと、彼らは、神の箱が共にある事を感謝し、祈り、神様に栄光を帰する生活を送っていたのではないでしょうか?。このことを神様は、すべからくご存知だった故に、他のどんな偉い人の家ではなく、オベデ・エドムの家をお選びになったのではないでしょうか。
真に、彼は多くの人々の中から特別に選ばれた人でした。聖書には、オベデ・エドムのように神様から選ばれる祝福を受けた人々がたくさん登場します。どのような人々でしょう?

 サレパテの女のように、神の人に真心からもてなす人です。彼女は残り僅かな小麦粉と油でパンを作り、それを食べて死のうと決心しましたが、それまでも預言者エリヤが要求したとき惜しむことなく躊躇することなく全てを捧げました。この行為は、預言者エリヤを神様のように思う信仰なしには不可能な行為です。しかしその結果彼女は、小麦粉と油が絶えることのない豊かな祝福を受けることになりました(列王記上17:11〜16)

 背の低いザアカイは、イエスに合うために桑の木に登りました。その木の下を通ったイエス様は立ち止まって、ザアカイの名前を呼びました。その家の中でザアカイは、アブラハムの子孫になる祝福を与えられたのです(ルカ19:1〜9)。

 また12年間長血を患っていた女も信仰によってイエスに近寄り、イエスの着物のふさに手を触れた瞬間、彼女を苦しめていた病からの開放と同時に、救いの祝福も受けたのです(ルカ8:44〜45)。
これらのことから、祝福は、神様にのみ近寄り、神様だけに仕え、御言葉から離れないで、御言葉通りに生きようとする人たちにのみ与えられるということが分かります。
 今年、皆さんが神様に近寄り、神様の御言葉を離さないで仕え生きようとする時、皆さん一人一人は霊的なオベデ・エドムになるということを信じましょう。

3.必ず祝福が与えられる一年でありますように
オベデ・エドムが神の箱を自分の家に迎え入れていた3ヶ月間に彼が受けた祝福は、国全体が羨ましがるほどの大きな祝福を受けました。それほどの祝福をもたらせた秘密は箱にあります。神の箱の中には何が入っていたのでしょうか?

一つは、十戒が書かれてある契約の板です(列王上8:21)
これは御言葉なるイエス・キリストを示しています(?コリ10:4、ダニエル2:44)。
二つめは、マナを入れた壷が入っていました。これは命のパンであるイエス・キリストを示します(ヨハネ6:35〜)。
三つめは、芽が出たアロンの杖です。これはよみがえられたイエス・キリストを示します。

つまり、神の箱の中に入っているものは全てイエス・キリスト御自身であり、イエス・キリストの御言葉を示しています。私たちもオベデ・エドムのように霊の神の箱なるイエス・キリストに仕える日々を暮らすことによって、新しい一年もオベデ・エドムのような祝福が必ず与えられると確信しましょう。

結論:オベデ・エドムの家に与えられた祝福は、救いの祝福であり、所有の祝福を受け、多くの人たちから羨望の眼差しを受けただけではなく、福音を伝える宣教の生活が与えられた祝福であり、全ての心の願いが叶う栄えの祝福でした。そしてその祝福はその世代で終わることなく、代々 神の家で仕える祝福を受けました。
神様と共にいる人は、家庭にあっても、どこにあっても、尾になることなくかしらとなります。そして、世の光となり、聖別され、代々続く祝福を受けるのです。



日本ナザレン教団 赤坂教会



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