使徒の働き 2章14-21節
説教メモ
ペンテコステの日、聖霊のバプテスマが使徒や弟子たちに起こりました。
彼らは聖霊によって他国のことばで主の御業を語ったのです。
その様子を驚く人々やあざける人々がいました。
ペテロは黙っている事が出来ず、声を張り上げました。
かつてのペテロはどうだったでしょう。
あまり深く考えず行動し、イエス様から注意されたことが何度もありました。
イエス様が捉えられた時、イエス様を3回知らないと言い、裏切りました。
イエス様の十字架の後は弟子達と共に怯えていたペテロ。
そんなペテロが大胆に「ユダヤの人々、およびエルサレムに住むすべての人々」と呼びかけます。イエス様から神の国のことを聞き、まさに聖霊のバプテスマを受けて、大きく変化した使徒ペテロの姿に胸が熱くなります。
ユダヤ教は安息日や祭りの日は朝9時以前は礼拝の時間なので飲食しませんでした。
それでこの朝9時に酔っているはずがないと伝えます。
聖霊のバプテスマはなんと旧約聖書の預言の成就だと、聖書から説明しました。
旧約聖書ヨエル書2:28-32の引用です。
ヨエルは南のユダ王国の預言者でした。
神様へのそむきの罪を神様は裁かれ、イスラエルは北と南に分裂していました。
ヨエルは、神様はその償いをなされると預言したのです。
ヨエル書とペテロが引用したヨエル書のことばにはいくつか違いがあります。
⒈「その後」が「終わりの日」と言い換えられています。
引用箇所の前の部分ヨエル2:25-27の預言がメシア到来による終わりの日であるという事。つまり、イエス様が来られたその終わりの日に、この聖霊のバプテスマが起こったと立証しました。
⒉「彼らは預言する」が付け加えられています。
聖霊を受けた者たちが預言する、つまり神様のことば:聖書のことばを宣べ伝えていく時代が始まるのだと伝えました。
⒊「恐るべき日」が「輝かしい日」となっています。
さばきの恐ろしさではなく、輝かしい恵みを強調しました。
「終わりの日」に「預言される」聖霊による福音宣教のメッセージは何でしょうか。
それが21節「しかし、主の名を呼ぶものは、みな救われる」です。
しかし19,20節の神様の裁きも見落としてはなりません。
「血と火と立ち上る煙」は最後の裁きとして黙示録8章以降に記されています。
ですから裁きが無くなったのではありません。
「主の名を呼び求めない者たち」は滅ぼされるのです。
一言
ペテロの大胆さは、どこから来ているのでしょうか。
それは、聖霊とみことばへの確信です。
聖霊のバプテスマを、現象や感情の高揚から神様からのものだと説明しませんでした。
ユダヤの人々が皆知っている、聖書から説明したのです。
それが聖霊によって福音を伝える方法だからです。