パウロ、シルワノ、テモテから
テサロニケの教会への手紙は、2つあります。
どちらの手紙も、差出人は「パウロ、シルワノ、テモテ」の3人です。
パウロと共にいた、テモテとシルワノについて見ていきます。
1.テモテについて
テモテは、パウロが第二回伝道旅行でリストラとデルベに行った時そこに住んでいました。
テモテの母親はユダヤ人でクリスチャンでしたが、父親はギリシア人でした。
テモテは、ユダヤ人とギリシア人のハーフだったのです。
パウロは、デルベにもリストラにも行った。
そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、
テモテという弟子がいた。
使徒言行録 16章1節
テモテは、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人でした。
彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。
使徒言行録 16章2節
その後、パウロと共に伝道旅行をするようになって
マケドニアに渡り、フィリピやテサロニケにも一緒に行っています。
べレアからパウロだけ送り出された後、シラスと共にそこに残留しています。
それで、兄弟たちは直ちにパウロを送り出して、海岸の地方へ行かせたが、
シラスとテモテはベレアに残った。
使徒言行録 17章14節
このように第二回伝道旅行というのは、パウロとシラスから始まり
テモテが加わりルカが加わり、彼らがマケドニアに渡って
福音を伝えるという旅行だったのです。
パウロ、シラス、テモテ、ルカ、という面々が
異邦人社会であったテサロニケに宣教して、教会の基礎を築いたのです。
ですから、テサロニケの教会へパウロとテモテが手紙を出しているのは腑に落ちるのです。
2.シルワノについて
それでは、シルワノについてはどうでしょうか?
シルワノという人名は、使徒言行録には出てこないのです。
けれども、パウロとテモテと共にテサロニケに手紙を出しているのです。
テサロニケの教会への手紙が、「パウロ、シラス、テモテから」で始まっているなら
それは納得がいきます。彼ら3人は第二回伝道旅行で、テサロニケで宣教しているからです。
けれどもシルワノというのは、一体誰なのでしょうか?
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シラス |
シラス(人名)
アラム語シラスをギリシア語にしたもの
意味 木質の(woody)
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シルワノ(読み:シルアノス) |
シルワノ(人名)
アラム語シラスをラテン語読みにしたもの
シルワノもシラスも、どちらもギリシア語ですが
実は「シルワノ」というのは、シラスという名前をラテン語読みにした名前なのです。
シルワノの発音は、「シルアノス」となります。シラスと似ています。
ですから、テサロニケの教会への2つの手紙は、
どちらの手紙も、差出人は「パウロ、シラス、テモテ」の3人ということになります。
この3人は、ルカと共に最初にテサロニケに行って教会の基礎を築いた人々なのです。
【今日の聖書】
パウロ、シルワノ、テモテから、
父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。
恵みと平和が、あなたがたにあるように。
テサロニケの信徒への手紙一 1章1節