主において常に喜びなさい
「主において常に喜びなさい」と言われていますが
親族が死んでしまった場合など、とても喜べない時があります。
涙と悲しみ以外、出てこない時があります。
ある場合は、加害者に対する怒りと憎しみが湧き出てしまうこともあります。
そんな時、どうして喜べるのでしょうか?
悲しいことが起こっているのに、ひどいことが起こっているのに喜べるのでしょうか?
確かにひどいこと悲しむべきことが起きた時は、とても喜ぶことができません。
逆に、加害者に対する憎しみや怒りが湧き出てきてしまいます。
しかし、人に対する怒りと憎しみは罪であって捨て去るべきものなのです。
その悪に対して憎むことはしても、加害者に対して怒りや憎しみを覚えてはなりません。
加害者を赦すのです。感情的に赦せないと感じても、意志において赦す決断をするのです。
そして怒りと憎しみを選ぶのではなく、赦しと憐れみを選ぶのです。
喜ぶことも同じです。
とても喜べないような状況において、喜ぶことを選ぶのです。
何を喜ぶのでしょうか?
起きてしまったひどい状況ではなく、神を喜ぶのです。
ひどい状況下においても、変わりない愛で私を愛してくださっている
神を喜ぶのです。
これが、いつも喜んでいる秘訣なのです。
悲しむ人と共に悲しみ、泣く者と共に泣きますが
それは、私を愛してくださっている「神を喜ぶ」という土台の上で行うのです。
そうする時に私たちは、主において常に喜ぶことができるようになります。
ひどい状況下でも神を見上げて神を喜ぶとき、神が万事を益と変えて下さる事を
思い起こして感謝に導かれるのです。
【今日の聖書】
主において常に喜びなさい。
重ねて言います。
喜びなさい。
フィリピの信徒への手紙 4章4節