ヨブは「罪を犯して苦難を受けた」と誤解された
1.ヨブは罪を犯した結果としてではなく悪魔の策略によって苦しめられた
ヨブは、東方のウツという地に住んでいた大富豪でした。
ウツというのは、セムの子アラムの子供の名前として出てきます。
ウツという人物は、ノアから数えて4代目になります。
セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクシャド、ルド、アラムであった。
アラムの子孫は、ウツ、フル、ゲテル、マシュであった。
創世記 10章22〜23節
そのウツが住み着いた地に、ヨブが住んでいたと考えられます。
ウツの地にヨブという人がいた。
無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。
七人の息子と三人の娘を持ち、羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、
雌ろば五百頭の財産があり、使用人も非常に多かった。
彼は東の国一番の富豪であった。
ヨブ記 1章1〜3節
東というのはユダヤ地方から見て東ですので、メソポタミアの地域のあたりと考えられます。
その地域で一番の富豪だったのが、ヨブなのです。
そのヨブが、全財産を失い肉体的にも非常に大きな苦しみを受けて苦しんでいたのです。
それはただただ、悪魔の策略によるものだっただけだったのです。
主はサタンに言われた。
「それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。
ただし彼には、手を出すな。」
サタンは主のもとから出て行った。
ヨブ記 1章12節
ヨブが神の前に何か罪を犯したから、というのではありませんでした。
あえて神が、悪魔の策略を許されただけだったのです。
2.ヨブの親友たちはヨブを誤解し苦しめた
ヨブが苦しみの真っただ中にいた時、3人の親友がヨブのところにやってきました。
さて、ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、
ナアマ人ツォファルの三人は、
ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、
見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。
ヨブ記 2章11節
ところが、ヨブのあまりの凄惨な姿に3人は言葉を失うのです。
彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、
その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。
ヨブ記 2章13節
2.1 テマン人エリファズの誤解「ヨブは罪を犯したから神に苦しめられている」
ヨブの言葉を聞いて、最初にヨブに語りかけたのはテマン人エリファズでした。
考えてみなさい。
罪のない人が滅ぼされ
正しい人が絶たれたことがあるかどうか。
ヨブ記 4章7節
「罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか」
という言葉は、「あなたが罪を犯したから、神からこんな苦しみを受けているのだ」
と言っていることにほかなりません。甚だしい誤解が、そこにありました。
テマンとは、どこにあったのでしょうか?
テマンは、エサウの子エリファズの子でした。
エサウの孫にあたります。
まず、エサウの息子たちの名前を挙げると、
エリファズはエサウの妻アダの子で、レウエルはエサウの妻バセマトの子である。
エリファズの息子たちは、テマン、オマル、ツェフォ、ガタム、ケナズである。
創世記 36章10〜11節
ですから、おそらくエドムの地にテマン人は住んでいたのではないでしょうか?
そんなに遠くからわざわざ慰めに来たはずの、テマン人エリファズも
ヨブを誤解して、冤罪で苦しめてしまうのです。
2.2 シュア人ビルダドの誤解「ヨブの子らが罪を犯したから神に苦しめられている」
続いて、シュア人ビルダドも語ります。
あなたの子らが
神に対して過ちを犯したからこそ
彼らをその罪の手にゆだねられたのだ。
ヨブ記 8章4節
シュア人ビルダドは、ヨブの子どもたちが神に対して罪を犯したのだと語ります。
甚だしい誤解であり、冤罪でした。
この言葉も、ヨブを苦しめました。
シュアとは、どこにあったのでしょうか?
シュアという名前は、アブラハムがサラの死後再婚しますが
再婚後に生まれた子供たちの中に、出てくる名前です。
彼女は、アブラハムとの間にジムラン、ヨクシャン、メダン、ミディアン、イシュバク、シュアを産んだ。
創世記 25章2節
もう一人、アブラハムの孫のヤコブの子のユダが結婚したカナン人の女性の父が
シュアという名前でした。
ユダはそこで、カナン人のシュアという人の娘を見初めて結婚し、彼女のところに入った。
創世記 38章2節
おそらくアブラハムの子のシュアの子孫が、シュア人となったのだと思われます。
側女の子供たちには贈り物を与え、自分が生きている間に、
東の方、ケデム地方へ移住させ、息子イサクから遠ざけた。
創世記 25章6節
アブラハムはイサク以外の子どもたちを、東方のケデム地方に移住させていますので
シュアも、この時から東方に住みついていたと考えられます。
ヨブも東方ですので、シュア人ビルダドは比較的ヨブの近くに住んでいたと考えられます。
2.3 ナアマ人ツォファルの誤解「ヨブは罪を犯したから神に苦しめられている」
最後にナアマ人ツォファルも、ヨブに語ります。
もし、あなたも正しい方向に思いをはせ
神に向かって手を伸べるならまた、あなたの手からよこしまなことを遠ざけ
あなたの天幕に不正をとどめないならその時こそ
あなたは晴れ晴れと顔を上げ、動ずることなく
恐怖を抱くこともないだろう。
ヨブ記 11章13〜15節
ナアマとはどこだったでしょうか?
ナアマという名は、ユダの人々が受け継いだ地の名前として出てきます。
ですからカナンの地に、ナアマ人が住んでいたことが考えられます。
ユダの人々の部族が氏族ごとに受け継いだ嗣業の土地は次のとおりである。
エドムと国境を接するネゲブにあるユダの人々の部族の町々。
カブツェエル、エデル、ヤグル、キナ、ディモナ、アドアダ、ケデシュ、
ハツォル、イトナン、ジフ、テレム、ベアロト、ハツォル、ハダタ、
ケリヨト・ヘツロンすなわちハツォル、アマム、シェマ、モラダ、ハツァル・ガダ、
ヘシュモン、ベト・ペレト、ハツァル・シュアル、ベエル・シェバおよび周辺村落、
バアラ、イイム、エツェム、エルトラド、ケシル、ホルマ、ツィクラグ、マドマナ、
サンサナ、レバオト、シルヒム、エン・リンモン、以上二十九の町とそれに属する村。
シェフェラには、エシュタオル、ツォルア、アシュナ、ザノア、エン・ガニム、タプア、
エナム、ヤルムト、アドラム、ソコ、アゼカ、シャアライム、アディタイム、ゲデラ、
ゲデロタイム、以上十四の町とそれに属する村。
ツェナン、ハダシャ、ミグダル・ガド、ディルアン、ミツパ、ヨクテエル、ラキシュ、
ボツカト、エグロン、カボン、ラフマス、キトリシュ、ゲデロト、ベト・ダゴン、
ナアマ、マケダ、以上十六の町とそれに属する村。
ヨシュア記 15章20〜41節
東の地に住んでいたヨブでしたが、ヨブの交流範囲の広さが伺えます。
けれどもそんなに遠くからわざわざ慰めに来たはずの、ナアマ人ツォファルも
ヨブを誤解して、冤罪で苦しめてしまうのです。
3.ヨブの冤罪の苦しみは、イエスの冤罪による十字架を予表していた
イエス・キリストは、この地上生涯の間何ひとつ罪を犯していませんでした。
しかし人々は「自分を神として神を冒涜している」と言って、イエスを罪に定めてしまったのです。
ヨブも冤罪で苦しみましたが、イエスこそ最大の冤罪で苦しみを受けられた方でした。
そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。
「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。
そして十字架から降りて来い。」
マタイによる福音書 27章39〜40節
人々はイエスが神の子と偽証していた偽りものだったと誤解してしまったのです。
聖書に精通していたはずの祭司長たちも律法学者たちや長老たちも、同じでした。
イエスが十字架で苦しんでいるのは、神の子と偽証していたからだと誤解していたのです。
同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。
「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。
今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。
神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。
『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」
マタイによる福音書 27章41〜43節
しかしこのようにイエスが冤罪で苦しむことは、預言者イザヤの書で預言されていたことでした。
彼が担ったのはわたしたちの病
彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに
わたしたちは思っていた
神の手にかかり、打たれたから
彼は苦しんでいるのだ、と。
イザヤ書 53章4節
まさにヨブが冤罪で苦しめられたように、救い主イエス・キリストも
十字架の上で、冤罪の凄まじい苦しみを味わわれていたのです。
むすび.冤罪の苦しみを受けた時キリストを思い起こそう
私たちもある場合は、冤罪の苦しみを受けるかもしれません。
必死になって弁明しても、まったく受け入れられずに罪に定められてしまい
その後の評価にも、大きな影を落とす結果になって来ることになったりします。
信頼は冤罪によって、一瞬にして失われてしまうのです。
そのような時こそ、イエス・キリストの十字架の苦しみを知るチャンスなのです。
自分の受けた冤罪の苦しみなんかより、比較にならない程大きな冤罪の苦しみを
イエス・キリストは、十字架で受けられたのです。
しかもそれは、私のためだったのです。
ただただ申し訳なく、へりくだって感謝するほかないのです。
【今日の聖書】
彼が担ったのはわたしたちの病
彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに
わたしたちは思っていた
神の手にかかり、打たれたから
彼は苦しんでいるのだ、と。
イザヤ書 53章4節