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         3/31update

 

毎週日曜の集会

 ☆ 新型肺炎対策への対応 ☆ 3/27update

新型コロナウイルス感染防止対策として
聖日礼拝・教会学校を当面中止いたします。

 再開が決まり次第、お知らせいたします。

 なお、コロナウィルスによる感染を防ぐため、発熱や
咳の症状がある方は教会訪問をご遠慮ください。
 教会玄関での手指消毒やマスクでの自衛にご協力
願います。


 久保川教授講演会延期のお知らせ

 コロナウイルスへの影響を考慮し、3/15の日程を
延期しましたのでご了承ください。開催が決まり次第、
情報をアップいたします。


 
9:30〜10:00  教会学校
(乳幼児から中高生が対象)月刊誌「ハッピー月号掲載
 
10:30〜12:00 礼拝
  
 
3月29日聖日礼拝(中止)10:30〜12:00
説教題
「完了した」
聖書箇所
ヨハネ19章28〜30節
    YOUTUBE説教動画
 
https://www.youtube.com/watch?v=zqB1zggvxmo&t=1s

    <礼拝説教要旨>

本日の聖書個所には、イエス様の十字架上で語られた
7つの言葉のうちの第5番目と6番目が記されています。

@「わたしは渇く」
 イエス様が十字架上で味わわれた肉体の渇きを
表わしています。出血と炎天下のもと、十字架刑
特有の苦しみです。生理的な現象を示すと共に、死が
近いことを暗示しています。

 ローマ兵がすっぱい葡萄酒を含んだ海面をヒソプの
枝につけて、それをイエス様の口元に差し出すと、
イエス様はそれを飲まれました。このヒソプは、過越し
の祭りの際に、屠られた子羊を家の鴨居と門柱に
塗ることに用いられました。

 まさにこの時、イエス様は過越しの子羊として、世の
罪を取り除く神の子羊として十字架とほふらんとされた
のです。しかも、主導権はイエス様ご自身がどこまでも
握っておられる。

 イエス様の渇きは肉体の苦しみである以上に、私達
人間の魂を罪の滅びから救い出す激しい飢え渇きで
あったのです。

A「完了した」
 次ににイエス様は大声で叫ばれた。これは征服者が
激しい苦闘の末に発する勝利宣言です。「神が約束
された旧約聖書の通り、わたしはサタンと死に打ち
勝ったぞ!人間の救いの道を完成させたぞ!」と。

 それゆえ、イエス様を信じる者は誰でも、罪の滅びから
救われ、永遠のいのちが与えられ、神との交わりが
回復されるのです。

IMG_1727.MOV

<過去の礼拝説教要旨>

3月22日聖日伝道礼拝
  「わが神、わが神。どうして」
       マルコ15章33〜41節

 罪の無いイエス様が罪びととなって神の裁きに
会われました。私たち罪びとの身代わりとして
罪を負われたイエス様は、私たちが神から
見捨てられないように神に見捨てられました。
ここにイエス様の十字架による救いがあるのです。

 イエス様は十字架上で「わが神、わが神、
どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(34節)
と叫ばれました。この叫びは本来、私たち一人一人
が肉体の死後に神の裁きに会って叫ぶ言葉です。
その証拠に、イエス様は神を「わが父」とは呼ばず、
「わが神、わが神」と絶叫されました。

 「どうして」とは罪なきイエス様が神からも人からも
捨てられ、十字架で裁かれる矛盾と目的とを私たちに
投げ掛けている言葉です。
 イエス様の十字架は何のためでしょう? それは
私たちを滅びに行かせまいとする神の愛のゆえです。

 このイエス様を信じるならば、その人は神の審判に
立つ時でも、まるで罪の無い者としてそこを通り抜ける
ことが出来ます。そして永遠のいのちが与えられます。

 「神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(38節)
のは、神と人との間を遮断していた私たち人間の「罪と
いう仕切りの幕」が、イエス様の十字架によって取り
払われたことを意味します。その結果、神と人との関係が
正しく回復し、お交わりが出来るようになったことを
指しています。


3月15日聖日礼拝
  「そこにあなたの母がいます」
       ヨハネ19章25〜27節

 本日の聖書個所にはイエス様が十字架上で語られた
3番目の言葉が記されています。

 女性たちがイエス様の十字架のそばに立っています。
その中にイエス様の母マリヤがいました。親にとって
子供の死を看取ることほど辛いことはありません。
それも残酷な十字架刑につけられたわが子の姿を
見上げる母マリヤの心情はどれほどであったことでしょう。

 ほかの女性たちはイエス様と共に苦しみを味わって
いました。それはイエス様へのひたむきな愛の姿以外の
何ものでもありません。彼女たちは経済的には必ずしも
裕福ではなかったが、イエス様のお働きを助け経済的に
支えていました。男たちがユダヤ人を恐れて身を隠して
いたにも関わらず、彼女たちはイエス様の十字架のもとに
居続けたのです。

 イエス様は母マリヤに対し「女の方、そこにあなたの愛する
息子がいます」と語られました。ご自分の死を前にして
母への愛を表わされました。平たく言えば、最期まで親孝行を
されたのでした。

 イエス様は母マリヤを愛弟子のヨハネに託して、母を信仰
者の群れに加えることを望まれました。しかし、当の母マリヤは
この時点でまだイエス様が誰であるかは真には理解して
いませんでした。

 続いてイエス様は愛弟子ヨハネに「そこに、あなたの
母がいます」と語られました。このことは、「イエス様を救い主
として信じる者同士においては、血のつながり・血縁関係以上の
関係にあること」を示されたのです。イエス様にある信仰者の
交わりは、時として肉親以上の親しい関係にまで発展する
からです。

 ヨハネはマリヤを自分の家に引き取り、役割を全うしました。
イエス様は父、母、兄弟、姉妹、子という言葉を全く新しい意味で
用いられました。イエス・キリストにある者たちは血縁関係に
関係なく、このイエス様にある新しい人間関係で結び合わされる
からです。それは信じる者の群れである教会が、今も一つの
家族として存在していることが証明しているのです。


3月8日聖日礼拝
  「父よ。彼らをお赦しください」
       ルカ23章32〜43節

 今週より5回に渡って、イエス様が十字架上で
語られた7つの言葉からメッセージを取り継いで
参ります。

@罪から救われるために
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか
自分でわからないのです。」(34節)

 イエス様の十字架刑は私たち人類が犯した罪の赦し
のためでした。イエス様は自分を救おうとしません
でした。罪を犯して神の敵となった私たちのために、
神の御前でとりなし、救いの御業を成し遂げようと
されたのです。

 イエス様のこの救いの招きに応答したのは、
イエス様の両側で十字架につけられた二人の強盗の
うちの一人でした。彼は自分の罪を悔い改め、神に立ち
返ったのです。

 イエス様のこの祈りは愛に満ち、現代の私たち聞く者
にも悔い改めを迫っています。神の御旨を完全に知る
ことは難しいのです。それゆえ、謙遜になって、イエス様の
十字架の前にひざまずく姿勢が大事です。

A永遠のいのちの保証
 「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、
わたしとともにパラダイスにいます。」(43節)

 イエス様は悔い改めた強盗に対し、永遠のいのちを
保証されました。それは肉体の死を乗り越えるいのち
でした。

 この強盗のように死の間際に置かれた者であっても、
イエス様はご自分の名前を呼び求める者の魂を瞬時に
救って下さいます。彼は罪から救われ、永遠のいのちが
保証されましたが、十字架から降りることは願いません
でした。彼はイエス様と共に十字架を負って激痛に耐え、
ついに天国での栄冠を得たのでした。
 現代の私たちもイエス様の救いを頂きますと、永遠の
いのちが約束され、どのような時にも平安と希望が与え
られるのです。



寺田末治牧師 召天賛美の集い
   2/23日 11:30〜12:00

 20日に召天された寺田師の遺言に従い、
 23日の礼拝に続いて記念会を行いました。



《久保川教授ご講演会について》
  
  時期をみて再度日程調整を行います。


<過去の催し>


《マジックショー 12月1日()
 プロマジシャンフーガさん&はるかさん
  
 昨年に続き、今年もプロマジシャンのフーガさん・
はるかさんご夫妻がマジショーを行って下さいました。

☆9時30〜10時 教会学校にてテーブルマジック
☆10時30〜12時 礼拝の中でお証し
☆13時30〜14時30 マジックショー
☆14時30〜15時30 ティータイム

           
             
           
                   


 《一般高齢者向けの講演会》
  
日本保健医療大学教授の久保川真由美先生による
一般向けの講演が当教会で行われました。

 ◇タイトル「健康に老いるために
          ――老いと老年病――」
 ◇日時 10月27日(13:30〜14:30
 ◇会場 幸手キリスト教会
 ◇入場無料 どなたでもお気軽にご参加ください。

《久保川先生からのメッセージ》
 長寿社会日本では、100歳高齢者が7万人を超え、
国内最高齢が116歳と、人間の限界寿命に達する
状況になって来ました。「ピンコロ」と逝きたいもの
ですが、しかし、高齢期になると、老年病に罹りやすく
健康を害することが多くなります。健康長寿を保つに
秘訣はあるのでしょうか? 一緒に考えてみましょう。

《講師プロフィール》
 日本保健医療大学保健医療学部看護学科 教授
 老年・在宅看護額領域





<2019年以前の礼拝説教要旨>

3月11日聖日礼拝
  「たましいの安らぎへの招き」
       マタイ11章28〜30節

イエス様は私達一人一人にたましいの安らぎを
与えるため「来なさい 」「くびきを負いなさい」
「学びなさい」と愛の招きをされています。
 私達には様々な重荷があります。イエス様が
地上におられた時代、ユダヤ人たちは厳しい
律法の重荷にあえいでいました。いつの時代
でも人は自力で解決できない罪の重荷で悩み
ます。また人生の問題で重荷を背負い悩み
悲しみます。

 そんな時に、先ず救い主イエス様のもとに
行きますと、休みを与えて下さいます。次に
イエス様とくびきを共に負うことです。くびきとは
2頭の家畜をつないで力を合わせるための木製
道具です。イエス様は私達に歩調を合わせて、
一緒にくびきで重荷を負って下さるので私たちの
心の重荷が軽くされます。

 次に、イエス様から学ぶことです。具体的には
聖書の御言葉を学ぶことです。するとたましいに
安らぎが与えられるのです。



7月7日聖日礼拝
  「自己愛から十字架の愛へ」
       マタイ22章36〜 40節

ひとりの律法(旧約聖書)のユダヤ人専門家が、
イエス様を試そうとして質問しました。「律法の中で、
大切な戒めはどれですか。」 彼は律法を丸暗記して
おり、すべて守り行っていると誇示したかったので
しょう。
 
 しかし、彼にとって神の戒めは「義務」であり、
「重荷」だったのです。神は戒めを語られる前に、
こう語られました。「わたしは、あなたをエジプトの国、
奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。」
神を知りながら意図的に反逆し、罪の奴隷となった者
を救い出したと、そのご愛を示されたのです。

 人は神の前に罪人です。これがあるがまま、裸の
自分です。滅ぼされて当然の存在です。しかし、
人は神の愛を注がれて、はじめて神を愛し、喜んで
従うようになります。その戒めが「心を尽くし、思いを
尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主(救い主)
を愛せよ」なのです。
これは愛ゆえの恵みです。この神の愛はイエス・
キリストの十字架によって、罪の身代わり(贖い)の
愛としてすべての人に明らかに示されました。

 イエス様は第二番目に大切な戒めとして「隣人を
あなた自身のように愛せよ」を引用されました。程度の
差はあれ、誰でも自己愛(自尊心、自己中心性)を
持っています。自己愛が強いと必ず周囲との関係が
崩れていきます。しかし十字架の愛を注がれると、
神を愛すると同時に、自己愛が必ず隣人への愛へと
転換・発展させられるのです。

 けれども自己愛が未熟のままでいると、神より自分
中心、隣人より自分中心のままになります。神は
すべてを見通されるお方です。この律法学者は自分を
良く見せようと偽装していました。神の前に罪を隠す
自己保身の態度です。これはクリスチャンであろうと
なかろうと、年数が経つことでは決して解決できません。

先ず神の前にあるがままの自分として罪を悔い改める
姿勢を取ることです。神はそうする人を必ずご自身の
かたちに似るよう、すなわちイエス様の姿へと内側から
変え続けて下さいます。


6月30日聖日礼拝
  「使徒たちの祈り」
       使徒4章23〜37節

 本日の聖書箇所には初代教会における使徒たちの
祈りが記されています。これは祈りのひな型です。

@祈りの友のところへ
 使徒ペテロとヨハネはユダヤ人指導者たちに捕まり、
これ以上イエス様の福音を語ってはならないと脅迫
されました。二人は釈放されると、すぐ仲間のところへ
行って自分たちが言われたことを残らず報告しました。
 すると、これを聞いた人々はすぐに神に向かって祈り
始めました。
このことは、私たちも困難や試練に遭った時に、先ず
祈りの友のところ行くべきだと示しています。

A神は全てにまさる主権者との告白
  彼らは「主よ」と神への呼びかけで祈り始めました。
神こそ、どのような権力者にもまさる真の主権者であり、
敵対者も自分たちも神の御手の中にあることを告白
しました。

Bみことばに基づく祈り
  彼らは旧約聖書の詩篇のみことばを引用して祈り
ました。"神は聖書を通して何と言っておられるか"を
祈りの軸にしたのです。みことばを通しイエス様の
十字架刑による救いとこの世の反逆を証ししました。

C宣教の前進のため
 彼らの祈りの結びは「願い」でした。第一は「大胆に
みことばを語れるように」、第二は「癒やすことができる
ように」という内容でした。彼らは自分たちの安全を第一
に求めたのではなかったのです。
 イエス様の御名によって、力あるわざが行えるよう
求めたのでした。

 こうして心と思いをイエス様にあって一つにしていた
結果、すぐに祈りは応えられ、大いなる恵みが彼ら
一同に注がれました。教会における十字架の愛の
交わりの生活こそが福音伝道の原動力となったのです。
                          



※当教会はエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。
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