他に類のない神

主よ、あなたに並ぶものはありません。 あなたは大いなる方。あなたの御名は、力ある大いなるものです。
エレミヤ10:6

 

旧約聖書エレミヤ書に入りました。エレミヤ書は南ユダ王国の晩年、バビロン捕囚に向かう時期に、預言者エレミヤが神様から言葉を受けて語ったものです。エレミヤは書記官バルクと行動していたことが書かれていますから、エレミヤが語り、バルクが記したと考えられます。エレミヤ書は必ずしも年代順に並んでいませんので、少し読みづらい点もあるかもしれません。エレミヤ書で語られている内容は、真の神様に立ち返ることです。ユダの人々が偶像崇拝から離れ、弱い者を虐げず、公正を行う事です。この点についてエレミヤは多くの人を非難し、特に王や祭司、他の預言者たちと真っ向から対立したので、多くの迫害を受けることになりました。このためエレミヤは苦悩の預言者というイメージが強い人です。

10章には、真の神様と偶像の対比が書かれています。ユダの人々は、当時、パレスチナで熱心に信仰されていた神々を拝んでいました。聖書の語る真の神様だけを信じると言いながら、他の神々も取り入れて熱心に信仰していました。神様はユダの人々にそれは裏切り行為であるということを語っています。またそれらの偶像がいかに力のない神々であるかを語っています。それらは「木工が、なたで作った物(10:3)」にすぎず、「銀と金で飾られ(10:4)」美しいのですが、「釘や槌で、ぐらつかないよう打ち付けられ(10:4)」なければ自分を支えることもできません。また「ものも言えず、歩かないので、運んでやらなければならない(10:5)」ものです。偶像とは神々であると人々は言っていますが、そこらの木片と同じであるという鋭い批判を投げかけています。ですから「そんなものを恐れるな。害になることも益になることもしないからだ(10:5)」と言っています。

それに対して真の神様は、他に並ぶもののないお方です。聖なる神様とよく言います。「聖なる」とは、この世のどんなものとも違うという意味です。聖なる神様は世界の始まる前からおられました。そしてこの世界の全てを造られました。私たちも生活に必要な物をいろいろと作りますが、私たちが作った物が、私たちと全く同じになることはあり得ません。陶芸家は自分の個性を写した魂のこもった作品を作りますが、作品は陶芸家ではありません。作った方(創造者)と、作品(被造物)は根本的に違います。聖なるとは、世界を創られた神様(創造者)と、この世界のすべてもの(被造物)とは根本的に違うという事を意味しています。ですから真の神様と偶像は根本的に違うのです。

真の神様はこの世界を創られたのですから、すべての事をご存知です。そして私たちにとって良いもの、良いことを備えて下さるお方です。「地に恵みと公正と正義を行う(9:24)」方です。ですから私たちは偶像を恐れることなく、真の神様だけを信頼して歩むことができます。神様は神様を信頼する人を大いなる力によって守り、導き、助けを与えて下さいます。主に信頼して、私たちの抱えていることを神様に打ち明け、神様の導きを待ち望みたいと思います。

Michelangelo [Public domain or Public domain]
ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂天井画のエレミア

お祈りの課題

  • 昭島教会集っておられる方々、ご家族のために
  • 10-11月に初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • クリスマス、新年の集会案内のチラシが用いられるように
  • クリスマス礼拝、祝会、キャンドルサービスのために
  • 青梅教会のために