平安を語る預言者

わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
エレミヤ29:11

 

エレミヤ書には、エレミヤ以外の預言者の言葉が多く登場します。多くの場合、それらの預言者は神様の言葉をまっすぐに語らない偽預言者として登場します。神様はそのような預言者たちは自分が遣わしたのではないとまで仰っています。エレミヤ書は偽預言者の言葉と、真の神様の言葉が錯綜するので、読んでいる私たちは混乱します。おそらく当時のユダヤの人々も混乱したことでしょう。誰の言葉を信じればいいのか分からなくなってしまいます。

神様は23:16でこう仰っています。

万軍の主はこう言われる。「あなたがたに預言する預言者たちのことばを聞くな。彼らはあなたがたを空しいものにしようとしている。彼らは主の御口からではなく、自分の心の幻を語っている。彼らは、わたしを侮る者に向かって、『主はあなたがたに平安があると告げられた』としきりに言い、頑なな心のままに歩むすべての者に向かって、『あなたがたにはわざわいが来ない』と言っている。」

偽預言者たちは神様の言葉ではない平安を語っていました。実際は平和ではないし、神様の計画ではバビロン捕囚が確定していたのですが、「神様はあなたに平安を与えられる」と言っていました。誰でも戦争よりは平和の方が安心します。偽預言者たちは真の神様の言葉に聞くのではなく、人間の欲求に従って語っていました。しかし神様の本当の計画は別にあったのです。

エレミヤはそのような預言者たちに対して28:9のように述べます。「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、本当に主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」預言者の言葉の通りになれば、その預言者は確かに神様から遣わされた預言者であると述べています。実際にはバビロン捕囚が行われ、多くのユダヤ人たちは平安ではなく、戦争で苦しむことになります。平安を語っていた預言者たちは偽預言者だったということになります。エレミヤの言うことは確かに辻褄が合っています。しかし私たちは事が起こってから判断するのでは、遅すぎるのではないかと感じます。

エレミヤは29章でバビロン捕囚に連れていかれた民に手紙を送りました。29:11はその手紙の中の一節です。「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」神様は、「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている」と仰います。しかし神様の計画は、偽預言者も多く、正確には私たちに伝わらないかもしれません。私たちがすべきことは計画の全容を知る事ではありません。計画を立てておられる主に信頼することです。例え計画の全容が分からなくとも、分からないなりに神様に祈り、後のことを委ねることです。極端な話ですが、もし私たちが神様の計画の全てを把握できたら、信仰は要らないことになります。信じても信じなくても、そうなるからです。私たちが信じる対象は、神様の計画ではなく、神様ご自身です。今日も神様を信じて、お祈りしましょう。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 最近、初めて来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
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  • 守谷教会のために