キリストにすべてを知って頂く

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
ピリピ4:6

 

ピリピ人への手紙を開きました。ピリピ人への手紙は、パウロがピリピ教会に宛てて書いた手紙です。パウロは晩年、ローマで軟禁生活状態にありました。その頃、ピリピ教会は、エパフロディトという人に贈り物を託し、パウロに届けたようです(4:18参照)。この手紙はエパフロディトがピリピ教会に戻る際に、パウロが感謝の気持ちと共に書き記したものです。新約聖書にあるパウロの手紙は、厳しい口調の者が多いですが、このピリピ人への手紙は、割と穏やかな口調の、感謝の手紙となっています。

パウロは、当時、投獄され、軟禁生活をしていました。ですから、満ち足りた生活を送っていたのではありません。また自分の死が近いことをなんとなく悟っていました。死を前にしてパウロは、改めてクリスチャンの持つ希望について考えています。パウロにとって「生きることはキリスト、死ぬことは益です(1:21)」と語ります。死は人を絶望に追いやるものです。なすすべなく、後戻りもできず、あっという間にすべてを奪われるもの、それが死に対する人間の印象です。恐怖を覚えます。しかしパウロは、キリストに出会ってすべてが変えられました。すべてが変えられたという事は、生きる意味も、死ぬ意味も変わったという事です。パウロはこの地上生涯を終えたら、絶望なのではなく、キリストと共に永遠のいのちを生きることができると実感していました。早くキリストの許へ行きたいと思う程で、死というのはその通過点にすぎません。しかしこの地上生涯を長く続けられるのであれば、その分、多くの人に同じキリストという希望を教えことができるので、それも良いことだと思っていました。パウロは生きることも、死ぬことも、どちらもキリストに委ねてしまっています。自分では選べないし、選ばない。キリストが良きに計らってくださると信じているから希望なのです。

ですからパウロは言います。「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」確かに地上生涯には困難もあり、辛いこともあります。何がおこるか予測できません。しかしキリストは全てご存知で、全てを導いて下さいます。だから私たちは自分の気持ちを素直に、キリストに祈り伝え、後はお委ねして任せましょうとパウロは言います。良いことも、悪いことも、願いも、愚痴も、何でも話し、後は神様の導きに期待しましょうと言います。「そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます(4:7)」パウロへ贈り物を届けたエパフロディトは、パウロの所に到着後、どうやら大きな病気にかかったようです。もしかしたらそのまま死んでしまうかもしれない程でした(2:25-30参照)。その知らせを聞いて、ピリピ教会の人々は心配しました。パウロも文字通り思い煩ったのだと思います。しかし、神様は悲しみに悲しみを増させまいと、エパフロディトを回復させてくださいました。神様の導きは私たちの幸せをねがってのものです。死も生も、私たちのためのものです。パウロはこの経験から実感をもってこの御言葉を語っていると思います。私たちも、何事もまず神様にすべてを祈り伝え、委ねて、思い煩わないようにしたいと思います。

お祈りの課題

  • 昭島教会に集う方々、ご家族のために
  • 最近、初めて教会に来られた方々、久しぶりに来られた方々のために
  • 予算総会、伝道礼拝、映画会、交換講壇礼拝のために
  • 宣教地のために
  • みずほ台教会のために