王の王である神様

「主よ、私たちの神よ。あなたこそ栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方。あなたが万物を創造されました。みこころのゆえに、それらは存在し、また創造されたのです。」
黙示録4:11

ヨハネの黙示録を開きました。ヨハネの黙示録は12弟子のヨハネが、イエス様からの幻を記したものと言われています。当時はキリスト教会が迫害を受けていて、この時ヨハネもパトモス島に島流しにされていたと言われています(1:9参照)。名前の通り黙示文学という手法で書かれていて、文字通りに捉えようとすると難解で、象徴的な意味が込められています。1:1に「イエス・キリストの黙示」と書かれているように、これはイエス様の福音に関する啓示です。そして当時のキリスト教会はローマ帝国の迫害にさらされていたので、苦難にある者を慰め、イエス様に堅く信頼し、信仰を保つようにと教えるのが目的です。その目的を念頭に置きながら、読んでまいりたいと思います。

ヨハネの黙示録には世界の終末の事が書かれています。これから起こるであろうイエス様の再臨、そしてさばきと世の終り、新しい天と地について書かれています。しかしあくまでもヨハネの黙示録の中心はイエス様の福音であることを忘れてはいけません。世の終りが来ると聞くと、私たちは恐れます。普段、盤石であると感じている地面がひっくり返り、何もかもが失われ、生き延びる術は無く、死んでしまうと感じるからです。ですから黙示録に書かれている世の終りの前の兆候がもう起きたのか、まだなのか気になってしまいます。しかし黙示録が言いたいのは、この世の終りの兆候が起きたから終わりだとか、起こっていないから終末はまだ先だということを言いたいのではありません。イエス様こそ世界を統べ治め、この方に頼り続ければ、何が起きても大丈夫だということを伝えたいのです。

黙示録4章には神様の御座の幻が書かれています。神様の御座は稲妻がひらめくほどに光り輝き、神々しい様子が描かれています。そしてその前には4つの生き物がいて、「聖なる、聖なる、聖なる…」とずっと神様を賛美し続けています。また4:11では長老たちも神様を賛美しています。「主よ、私たちの神よ。あなたこそ栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方。あなたが万物を創造されました。みこころのゆえに、それらは存在し、また創造されたのです。」ここで賛美されているように、万物は神様にあって造られました。そして神様の御心のゆえに存在し続けています。神様は世界を創られた方、保つ事ができるお方です。もちろん、世界を壊すことも、修復することもできます。その神様はいつも私たち一人ひとりのことを気にかけておられ、愛してくださっています。イエス様を遣わし、十字架の贖いを成し遂げて下さるほどに私たちを愛して下さっています。たとえ世界が崩れ去ろうとしていても、神様の瞳はちゃんと私たちに注がれています。迫害下にあった教会の人々は、激しい苦しみの中、自分が見捨てられて一人ぼっちになったように感じていました。しかし神様はちゃんと教会の一人ひとりを気にかけておられました。そのようなメッセージがこの黙示録には込められています。私たちもそのような神様の眼差しをいつも受けています。私たちも神様を信じ、イエス様を信じ、信仰を堅く保っていきたいと思います。

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