【福音宣教】 預言者は郷里では敬われない

預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです」(マルコ6:4)

今週は多くの会社がお盆休みとなり故郷に帰省する人々が多くいます。故郷と言えば自分が幼い時から生まれ育った地域であり、祖父母や両親が家に住み、幼馴染たちが今も多く住んでいる場所と定義できます。皆さんの故郷はどこでしょうか。都会の高層マンションが実家で故郷という人も多くなっているのではないでしょうか。私は名古屋市出身で比較的都心に近い地域で子供時代を過ごしましたが、住宅開発や道路整備が進み、実家を探し当てることができませんでした。「故郷は遠くにありて思うもの」と言いますが、もう記憶の中にしか存在しなくなりました。

1.    生まれ故郷ナザレ

さて、イエス様の故郷と言えば、北部ガリラヤ地方のナザレという当時300人ほどが住む小さな村でした。首都エルサレムに近いベツレヘムで誕生したイエス様ですが、子供時代から、福音宣教に立ち上がるまでの30年間を、母マリアと6人以上の兄弟姉妹たちとともにナザレの村で過ごされました。今日では人口6.6万人の町になっており、アラブ人のクリスチャンが多いキリスト教地区と言われています。

ガリラヤ湖沿岸のカぺナウムからナザレの村に、ふるさと伝道、家族伝道の目的で弟子たちとともに帰られたイエス様を待ち受けていたのは、なんともよそよそしい冷淡な人々の態度でした。カぺナウムやベッサイダではイエス様の姿を見るや多くの群衆が押し寄せ、癒しや救いやみ言葉を求める状態でしたが、故郷ナザレでの反応は冷めていました。何日か経て安息日を迎え、ユダヤ教の会堂に村人が集まってきたとき、人々はやっとイエス様のことばに耳を傾ける機会をえることとなりました。ルカ4:16以下にその時のイエス様の説教が記されています。かつてこの村で一度も聞かれたことのないような説教でした。イザヤ61章から解き明かされた預言者的なメッセージに、聞いた人々は驚きましたが、さりとて信仰に導かれたわけではありませんでした。むしろ、「この人は大工ではないか。マリアの子で彼の兄弟たちはここに住んでいるではないか」(3)と、イエス様を受け入れるどころか、つまずいてしまったのです。

6節に記されているように、イエス様は「彼らの不信仰」に驚かれました。そして、「預言者は自分の故郷では受け入れられず、医者は自分を知っている人々を癒せない」という当時のことわざを引用して「預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです」(4)と嘆かれたのでした。

2.    敬われない理由

2つ理由がありました。第一は、故郷のナザレでは「狭い地域社会と濃い血縁関係」に人々が縛られていたからです。人口300人の町です。昨日の夕食に何を食べたか、あっという間に村中に広まります。子供が夏休みにもらった通信簿の結果もすぐに広まってしまいます。濃い人間関係の中で身内意識が強く、助け合う結束力はあるものの、悪く言えば「監視」の目が光っている世界です。近所の目が気になる、世間体が気になる。イエス様の話を聞きたいと思っても一人だけ自由に行動できない。しばりがあるのです。教会のすぐ近くの人がなかなか教会に来ないとよく言われますが、そんな一面が現代でもあります。一度、家族を置いてナザレを出ていったイエス様が帰ってきたときには、「よそ者」とされてしまったのです。

さらに、イエス様の兄弟姉妹が今、ナザレの村で一緒に住んでいるという「昔ながらの人間関係」も理由と考えられます。ベツレヘムでは人々から「神の子、救い主」と受け入れられ、多くの力ある神の御業を行ったイエス様でしたが、故郷ナザレでは違いました。人々は「そうはいってもなあ、わしらは子供時代から、もっとさかのぼって赤ちゃんの時代からよく知っているしな」という昔から「馴れ親しんだ間柄」が邪魔していたことでしょう
。大相撲で優勝した力士が故郷に錦を飾り、帰ってくると町中上げて大歓迎します。そうすると決まって、「あの子は昔は悪ガキだった」「この子は昔から泣き虫だった」「喧嘩で負けたことがなかった」というように子供時代の話が持ち出されます。どうしても子供時代のイメージが重なったり、付きまとってしまい、今のありのままの姿を受けいれがたいのです。家内の弟夫婦の長男が献身して神学校を卒業して、母教会で正式に牧師になりました。赤ちゃんの時から知っている信徒さんたちが思わず「光ちゃん」と呼んでしまうそうで、両方とがやりにくさを感じているようです。

第二は、背後にあるもっと大きな問題でした。5節にあるように、ナザレの人々の不信仰のゆえに「何も力ある業を行うことができなかった」(5)ことです。マルコ福音書では、「不信仰が神の力ある御業、癒しや悪霊の追放や救いの御業を妨げてしまっている」点が非常に強調されています。先週、学んだように長期にわたる不正出血の女性に対して、主イエスが「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(534)と、彼女の小さなしかし大胆な信仰を祝福されました。10章では物乞いをしていた盲人のバルテマイが、イエス様が来られるというニュースを耳にし、大声をあげて「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」と周囲の者が押しとどめようとしたにもかかわらず叫び求める声をイエス様は聞き漏らさず、見えないはずの彼の目を癒してくださり、「あなたの信仰があなたを救った」(1052)と祝福されました。ハンターという聖書学者が、マルコ福音書661節中、209節すなわち31%が、主イエスの「力ある御業(奇跡)」について記していると研究しました。

信仰によって主イエスキリストの恵みを得ることの祝福の道が、マルコ福音書では大きく取り上げられています。「信じるならば神の栄光を見る」(ヨハネ1140)。これは聖書のゆるがない一貫した約束です。困難な時こそ「信じましょう」。それがクリスチャンの力です。あきらめかけた時にこそ、思い起こしましょう。「あなたの信仰があなたを救った」と。

3.    失敗ではなかった家族伝道

ナザレでは数名の人々だけが癒しの恵みに預かりました(5)。不信仰の塊のようなところにも、神の助けと憐れみをこころから求める少数の隠された人々がいます。父なる神様が主イエスのもとに引き寄せてくださる人は、どこにもかならずいます。そしてイエス様はその一人一人の祈りと願いに答えてくださいます。主イエスの招きは、クリスチャンとの出会いを人生の途上で与えてくださるところから始まります。

ふるさと伝道、家族伝道は確かに難しさがあり、イエス様につまずく前に、クリスチャン家族につまずくことも多々あることでしょう。心痛いことですが、謙虚になって認め、悔い改めなければなりません。しばしば、一番親しい家族関係が、一番遠い信仰関係になってしまうような痛みが存在しています。自らが「ナザレの住民」になってしまっていないか振りかえりましょう。


イエス様でさえも故郷では敬われなかった、家族の間や親族の間では拒まれました。かつて、母マリアも長男ヤコブを筆頭に全兄弟が、伝道に立ち上がられたイエス様を連れ戻そうとしたほど「反対勢力」の中心にいました。このことは、家族伝道の難しさを覚える私たちにとって慰めになります。と同時に、私たちの希望ともなっています。なぜなら、イエス様の十字架の死を最後まで見届けた母マリアや復活された主イエスに出会った長男のヤコブは、後に誕生したエルサレム教会の中心的人物となり、イエス様が語り伝えた「御国の福音」宣教と新しい信仰による共同体の中核を担うようになったからです。

永遠の神の家族という新しい絆で結び合わされたからです。イエス様が、あえて故郷ナザレで行った伝道は一見失敗あるいは実り少ない結果にみえたかもしれませんが、無駄ではなかったのです。私たちも、今は受け入れられなくても、拒否されたとしても気を落とさず、家族や身内の人々のために祈り、御国の福音を伝え続けましょう。ポイントは短期決戦を挑まないこと。力めば息切れします。むしろ息の長いしかし裏表のない誠実な生活を神の御前で過ごしましょう。身近なゆえにいつしか閉鎖的になり、ナザレの村人化しないように自らを見つめましょう。

「愛をもって真理を語りなさい」(エペソ415