
「では、あなたがたはわたしを誰と言いますか。ペテロが答えてイエスに言った。「あなたはキリストです」。(マルコ8:29)
ベッサイダに戻られたイエス様は、再び弟子たちを連れて、ピリポ・カイサリア地方へと出かけました。今回は伝道旅行というよりは、弟子たちの教育のための実地研修のためでした。
1. ピリポ・カイサリヤ
ピリポ・カイザリアはガリラヤ湖の北部、ヨルダン川の水源近くの緑豊かな地域でした。ヘルモン山の麓にあり、雪解け水が泉となって地を潤していました。荒地の多いユダヤの国とは異なり、美しい雄大な自然や山脈は、人々にとって自然を神と仰ぎやすい環境でした。
有名な詩篇121に、「私は山に向かって目を仰ぐ、私の助けはどこからくるのだろうか」と歌われています。自然界の壮大さや神秘さの中に神の存在を古代人は覚えましたが、ユダヤの民は、自然界を創造された大いなる神にのみ目を注ぎ、仰ぎ見て、「私の助けは天と地を造られた主からくる」と告白し、信仰に生きたのでした。
さらに、この地域ではギリシャ神話の牧羊神パンが祭られていました。体は山羊、顔は角のある人間の姿をしている牧畜の神です。時折、羊が突然慌てだし混乱に陥るのはパンの神の仕業と言われ、「パニック」の語源になったそうです。その上、ヘロデ大王はこの地域に皇帝の名をかりてロ-マ風の華麗な都市を建設し、皇帝の像を建てたといわれています。やがてロ-マ皇帝は絶対権力を帯び、次第に皇帝礼拝を強要するようになり、ユダヤ人のみならずキリスト教徒とも対立し、激しい迫害の歴史がはじまることになります。偶像に満ちたこの地にイエス様は弟子たちを導いて来られ、実地教育をなさったのでした。
2. あなたがたは誰と言うのか
イエス様は弟子たちに、「私をだれと思うのか」と問いました。弟子たちは巷で人々が口にしているうわさを伝えました。バプテスマのヨハネであるとか、終末の時代に再来すると言われている預言者エリヤだとか、神の預言者であるとか答えました。するとイエス様は世論や世評や世のうわさ話ではなく、「あなたがたは私を誰と言うのか」と、弟子たち自身の答えを求めたのです。イエス様はいつも、他人との比較や他人から借りてきたような生き方やことばではなく、「あなたはどう思うのか」「あなたはどう生きるのか」と問われます。
私たちは、いつも自分の考え、自分の信念、自分が大切にしたいものを大切にする必要があります。周りを見て歩調を合わせて生きているとやがて「自分のアイデンティティ」を見失うことにつながる可能性が高くなるといわれています。使徒パウロは「この世と調子を合わせてはいけません」(ロマ12:2)と、ローマ社会の中で世俗化の波に洗われ、誘惑にさらされている信徒に警告したのでした。カメレオンという動物は周囲の色に自分の身体の色を上手に合わせて敵から身を守るそうです。しかしあまり頻繁に繰り返すと、本来の自分の体色を忘れてしまうそうです。私たちは誰も「自分が自分らしく生きる」ときに、生きている実感を覚えることができます。周りにあわせてうまく生きてゆこうとすればするほど、自分らしさを失い、持ち味を薄めてしまい、虚しさを覚えることになりかねません。
私たちはクリスチャンとして神に召されました。召されたままに、クリスチャンはクリスチャンとして生きることが幸いなのです。
考えてみれば、私たちは強制的にクリスチャンにさせられたわけでは決してありません。クリスチャンになろうと一大決心をした方もすくなからずおられることでしょう。しかし、実際は、「神が永遠の昔から私たちをキリストにあって選び、召して」(エペソ1:4-5)くださったのでした。主導権は神ご自身にあります。ですから、クリスチャンはクリスチャンとして、自分の価値観を大切にして歩みたいものです。
3. あなたこそキリストです
イエス様の質問に、ペテロが代表して答えました。「あなたこそキリストです」と。
弟子たちは薄々感じてはいたようですが、誰も信仰をもって答えることはできませんでした。ですからイエス様は「まだ悟らないのか、わからないのか」とイエス様は何度も問われたのでした。ここに至り、ついに彼らは信仰の告白をすることができました。マタイ福音書では、イエス様がこの告白を聞いては非常に喜ばれたと記していますが(マタイ16章)、マルコ福音書では、「だれにも言うな」とイエス様が弟子たちを戒めたとしるしています。当時一般群衆が抱いているメシヤ観は、ローマ政府に対抗してユダヤ国家を復興する非常に政治色軍事色の強いメシヤ像を期待していたからでした。誤解を避けるために、何よりまだ時が来ていないからでした。
ただしこの信仰の告白を契機に、イエス様は「十字架の死」について弟子たちにはっきり語り始められました。今までイエス様は、ガリラヤ湖周辺の町々村々を巡り歩き、神の国の福音を宣教し、メシヤ(キリスト)のしるしとして、悪霊を追放し、病を癒し、嵐を鎮め、盲人の目を開くという神の権威と神の御業を行ってきました。しかしここからイエス様の活動の舞台は、都エルサレムへと移っていきます。そこは神殿を中心とした宗教的中心地であり、ローマ総督ピラトやヘロデ王が支配する政治的中心地であり、イエス様との対立が激化してゆきます。その究極の到達点が、「カルバリの丘の十字架」でした。
「それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。」(8:31)
偶像の満ちる中で「イエスはキリスト」と信じ告白をしていくそれが教会の姿です。八百万の神々が満ちる日本の社会の中で、クリスチャンはクリスチャンとして生きていくことを喜びとします。私たちは「イエス様はキリスト」、私の救い主と告白して歩みます。
私たちが信じ、告白し、従うキリストは、「十字架の道を歩まれるキリスト」である。このお方以外のキリストは知らないし、このお方以外のキリストに従う思いはみじんもありません。
様々なキリスト像、救い主のイメージを抱く人々が多くおられます。しかし、十字架の道を歩まれるキリスト以外は、ことごとく色褪せ、その期待はむなしく崩れ去ることでしょう。十字架のキリストこそ、まことの救い主であり、私たちは十字架のキリストを誇りとし、証し続けるのです。
「キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。それも、キリストの十字架がむなしくならないために、
ことばの知恵によってはならないのです。十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(1コリント11:17-18)