第三節より八節までは「謙遜」である。キリスト�ﾍ道�ｺといえば直ちに「愛」と人はいう。ゆえに、パウロはこの場合まず第一に愛を説くべきであると考える。しかしパウロのなすところは少しく普通の信者とちがう。彼は第一に謙遜についてしるして、しかるのち更に説き及ぶ。これ特に注意すべきことである。

　第三節の初めにおいて、パウロはまずいう、「われ、受くるところの惠みによりて、なんじら各人に告げん」と。この發語のすこぶる謙遜なるを見よ。彼は使徒の一人であり、ことにその最も大なる者であつた。彼はある場合には「われは何事にも、最も大なる使徒たちに劣らずと思うなり」（コリント後書十一・五）と公言せしほどであつた。ことに異邦傳道の重責を�~より委託せられたる彼であつた。ゆえに「われ命ず」といいても何のさしつかえはなかつた。あるいは「わが権能をもつて告ぐ」といいても、だれも怪しむ者はなかつた。しかるに彼は、われ受くるところの惠みによりて告げんという。もちろんこの場合の「惠み」は、使徒職たる資格を與えられおることを意味するのであるが、わざと「惠み」という語を選びしは、彼の美しき謙遜を語るものである。謙遜の�ﾍえを説くにあたつてまず謙遜の態度を取る、まことにうるわしき心事というべきである。

　謙遜について聖書の�ﾍうるところいかに。それが日本人の普通に考えおるところのものと根本的に相違してゐることに注意すべきである。日本においては、謙遜といえば、主として外形上のことである。すなわち態度言語に關したことである。その心の状態のごときはあえて問わず、ただ外に現われた形をとらえて謙遜という。その心いかに�~に對しまた人に對して謙遜なる者であつても、言語や態度において恭謙ならざる者は傲慢（ごうまん）として貶（へん）せられ、その心は驕慢（きょうまん）にても、表に謙遜を装う者は�ｺ器と稱せられて、決して僞善者といわれないのである。わが國において、「謙遜」なる道�ｺがかく表面的に淺く見られおるは、なげかわしきことである。自己の能力を用うべき場合にても人の前にわざと隠すこと、または集会において席の譲り合いにむなしく時間を費やすこと、これらをもつて謙遜の美�ｺと考えおるため、それによりてわが國人の受くる損害はひととおりではない。かかる誤れる謙遜は百害あつて一利ない。われらはよろしくこれを捨てて、聖書の�ﾍうる眞の謙遜を學び、これをおこのうべきである。

　パウロの�ﾍうる謙遜とはいかに。パウロはいう、「心を高ぶり思いを過ごすことなかれ。�~の各人に賜わりたる信仰の量りに從いて公平（たいらか）に思うべし」と。これが彼の�ﾍうるところの謙遜である。第二節とひとしく、前半は消極的の「なかれ」であつて、後半は積極的の「べし」である。謙遜の消極的半面は「心を高ぶり思いを過ごすことなかれ」である。これは意譯であつて、原文には「自己について正當に思い得る以上に思い過ごすなかれ」とある（英語聖書參照）。これを一言にしていえば、「思い上がるなかれ」である。自己を正しく知ること、自己の値打（ねうち）を正しく知ること、それがまず第一である。そしてその自己の價値以上に自己を思わないこと、これすなわち謙遜の消極的半面である。�~に對しておのれの無知無力なること、キリストに對しておのれの罪深く汚れ多きことを知りて、人は心に謙遜をいだくべきである。大學者ニュートンが、宇宙の大に對して自己の知識の淺小を充分に認めいたるが、最もうるわしき謙遜の實例である。できる事をできぬといい、知れる事を知らぬというは、虚僞にして謙遜ではない。自己について思いを過ごさないことが謙遜である。深く學べる者は、自己の知識の限度をよく知りて謙遜である。眞の學者はみな謙遜である。同樣に、眞の信者はみな謙遜である。僅少の知識を誇る者、不純なる信仰をもつて得意とする者、かかる人たちは自己について思い上がりて、自己の淺慮を人に示してゐるのである。

　謙遜の積極的半面は「�~の各人に賜わりたる信仰の量りに從いて公平に思うべし」である。「信仰の量り」とは、信仰の分量ではなく、信仰のことについて與えられたる力の分量であると思う。すなわち信者として自己のなし得る働き、信者として自己に與えられしある技能をさすと思う。この働き、この技能相當に、自己について公平に（思い過ごさぬよう、謙遜に、正確に、まじめに）思うべきである。自己に與えられし賜物をそのままに、その値だけに評價せよである。人にみないずれも天賦の技能がある。いかなる人といえども、何をも持たずして生まれ來る者はない。そして彼がクリスチャンとなれば、�~はこの天賦を發達せしめ、聖化せしめ、なおその上に種々の能力を賜わるのである。これ「與えられたる信仰の量り」である。かく與えられたる能力ある以上は、それを無なりと考えてはならぬ。いかに自己の罪は深くとも、�~はわれに能力を賜いて、ますますこれを聖化せんとしたもう。信者はこの賜物の與えられあることを認めて感謝し、これを、�~のため、主のため、また人のために用うべきである。謙遜ということは、自己を眞價以上に見ないと共に、また眞價以下に見ないことである。正當に認むべきだけに、公平に、正確に、さしつかえなき程度において、自己の賜物 −− 與えられある能力 −− を認むることである。

　以上、第三節の説くところは謙遜の眞性質である。心を高ぶり思いを過ごすなかれ。信仰の量りに從い公平に思うべし。すなわち自己を眞價以上に見るなかれ。また眞價以下に見るなかれ。自己に賜われる能力をそのままに認むべしというのである。自分にすべての能力がそなわつてゐると思うてはならない。また自分に一つも能力がないと思うてはならない。自分の能力を正確に知れる者は、驕慢なることなくしてよく謙遜たるを得るのである。かくパウロは説きて、四節以下において、この謙遜の�ﾍえを實際に當てはめて説明するのである。まず四、五節においていう、

　すなわち、われら一つ体に多くの肢体あれども、みなそのつとめを同じゅうせざるがごとく、各人、キリストにおいて一体たれば、また互いにその肢体たるなりと。キリストにおいて一体たる者これクリスチャンである。そして人体の各部がみなその用を同じゅうせざるごとく、信者もまた互いにその働き、その能力を異にしてゐるのである。人体にはいろいろの肢体がある。腦、目、鼻、口、手、足、その他内臓等、おのおの働きを異にしてゐる。いずれも相助け相補つて、人体という一つの組織をなしてゐる。目は見ることだけはできる。しかし目は腦の働きをなすことはできぬ。また手の代わりとなることはできぬ。もし目が手や足の働きをなし得ると思えば、これは高ぶりである。同時に、見ることもできぬといえば、これは僞りの謙遜 −− 日本流の謙遜 −− である。目は、見ることのできる自己の能力を正常に認め、それ以上にもそれ以下にも自己を認めないのが眞の謙遜である。一つ体の各肢体たる信者は、自己についてかく認めねばならぬ。自己にある能力だけを認め、その能力を働かして他のために盡くし、他人の持てる能力を貴びてその値を認め、互いに相推賞しそ謙遜の美を發揮せねばならぬ。哲學者ライプニッツは、「有機体とは、その各部が同時に手段にしてかつ目的たるものなり」との定義を下した。目は自己をもつて目的としてはならない。他の各肢体を目的としてこれに仕えねばならぬ。しかし耳より見れば目がまた目的の一つたるのである。信者各自は自己をもつて目的とせず、互いに他をもつて目的とすべきである。ゆえに、自己は自己より見れば他の手段であるが、また他より見れば一つの目的である。かかる�拐~がすべての信者にあれば、その�ﾍ会は實に理想的の団体となるのである。

　パウロはこの事を當時の�ﾍ会の實例に照らして説明した。これ六節より八節までである。

　

　

とある。�ﾍ会は各員みな�~より賜われる技能を異にしてゐる。ある人は目たり、ある人は口たり、ある人は足たるのである。ここにパウロは、豫言以下、七つの務めを擧げてゐる。これ當時の�ﾍ会の實際であつたのである。ゆえにこれは謙遜を�ﾍうる説明を助くるにとどまらず、初代�ﾍ会の實況を知る一資料として興味深いものである。

　第一は「豫言をなす者」である。豫言とは、�~より直接に啓示されし眞理を人に向かつて語ることである。豫言者は、初代�ﾍ会における第一の職ではない。なおその上に「使徒」があつた。コリント前書十二章二十八節に「�~は第一に使徒、第二に豫言者……を�ﾍ会に置きたまえり」とあり、エペソ書四章十一節にも「使徒あり、豫言者あり……」とある。使徒の次は豫言者である。そして豫言をなす者は「信仰の量に從いて」なさなくてはならぬ。信仰に相應ずるように豫言をせねばならぬ。（ここにいう「信仰の量に從いて」は、第三節の「信仰の量に從いて」とは原語を異にする。英譯聖書においても同樣である。しかるに邦譯聖書が、改譯（註、大正譯）においてまでも、兩者に同じ譯字を用いたのは粗漏というべきである。ここの方は「信仰に相應ずるよう」と譯する方、原意に近いと思う）。

　信仰に應ずるよう豫言せねばならぬとは何を意味するか。ここにいう信仰とは何の信仰か。これ學者間にむずかしき問題となつてゐる處である。しかし「�ｉｹについての正しき信仰」と見てよいと思う。正しき信仰に應ずるよう豫言すべし。これが眞の豫言である。豫言に何の標準もなく、何をいうてもよいというはずはない。正しき信仰は聖書にしるされてゐる。聖書の範圍においての豫言ならずしては眞の豫言でない。�~の示すところは漸次的であつて、�~の啓示は前進的である。�~は突發的に、全然既往と關係なしに、新眞理を啓示したまわない。それは舊約時代より新約時代への過程がよく説明してゐる。されば今までに示されたる�ﾍえの基礎に立てる新眞理の提唱が豫言である。ここに豫言の眞僞を判別する標準があるのである。

　豫言の次は「役事（つとめ）」である。原語 διακονια（ディアコニア）は英語の ministry に當たる。有形無形の賜物を信者に分かつこと、�ﾍ会員全体を益せんために實際的の役目に當たること、今日の語にていえば、牧師と執事の職を兼ねしごとき者をさすのである。これは�ﾍ会全体の健全および發達にかかる重き役目であつて、豫言の次に位するものであつた。

　次は「�ﾍえ」である。これをなす者を�ﾍ師という。�ﾍ師は豫言者とひとしく、口をもつて働く者である。しかし�ﾍ師は豫言者のごとく新黙示を語るものではない。すでに示されたる眞理を説明し、敷街（ふえん）して、人々の了解を助くる者である。すなわち�ﾍ理の説明者である。

　�ﾍ師の次には「勧めをなす者」があつた。これは、人々を激励し、慰諭（いゆ）して、より強き信仰生活に進ましむる役目である。�ﾍえはもっぱら知性に訴えるもの、勧めは主として情意に訴えるものである。熱烈なる説�ﾍをなして会衆を激励する者、情をこめたる詩を賦して人々を慰むる者、いずれもこれ「勧めをなす者」である。

　以上四つの役目は、主として�ﾍ会員、およびその�ﾍ会に出席する求道者のみにかかわれるものである。そして以下の三つの役目は、�ﾍ会のこの世に對する働き（今日の語にていえば社会奉仕）にかかわるものである。その第一は「施しをなす」者である。すなわち「分け與うる者」である。エペソ書四章二十八節に「貧者に施さんために、励みて手ずから善きわざをなすべし」とあると、原語は同一である。ゆえに、慈善の事務に當たる人をささずして、自己の財を分かちて貧者をうるおす者をさすのである。「惜しみなく施すべし」は、「單純に施すべし」の意である（英語 with simplicity）。慈善をなすに單純卒直ならずして、種々の條件を附するは、わが國の通弊である。慈善は全く無條件になすべきである。これ相手を尊重しかつ自由を與えることである。また相手を信じかつ愛する時は、慈善は無條件ならざるを得ないのである。慈善を單純に施して、その結果に注意を拂わざるが、眞の慈善である。「なんじ施しをする時、右の手のなす事を左の手に知らするなかれ」（マタイ傳六・三）とは、この種の慈善をいうのであろう。

　次は「治理（おさめ）をなす者」である。これは人を助くるための種々の事務に當たる者、慈善その他善事の實行に當たる役である。�ﾍ会においておこないいたる種々の慈善博愛の事業の處理者を意味するのであろう。「怠らず治め」とあるは「迅速に治め」の意である。愛の事業の處理は迅速を貴ぶ。迅速ならざる時は效果が少ない。迅速熱心はこの種の業の要訣である。

　最後に擧げられしは「あわれみをなす者」である。これは慈善以外の愛のわざをさす。病者を見舞い、苦しめる者を慰める等の�拐~的のあわれみをなす者をいう。そして「あわれみをなす者は喜びてあわれむべし」である。「喜びて」は、喜びをもつて、飛びたつばかりの喜びをもつて、浮き浮きした輕き心をもつての意である。原語は英語の with hilarity に當たる語である。顔にも態度にも樂しさ、喜ばしさの滿ちあふれる者ならずして、この事に當たり得ない。實に苦しめる者にあわれみを表わす場合には、この注意が最も肝要である。

　初代�ﾍ会に右のごとき各種の役目があつた。そしてそのおのおのに適する人があつた。しかし一人ですべてに適する人はいない。謙遜とは、おのれに適せる働きを認めて、熱心をもつてこれに從うと共に、自分に通せざる役目を適するごとく誤認することなく、他人の適任なるは充分にこれを認めて敬意を表し、おのおのの働きが一つ体の肢体として肝要なるものなるゆえ、互いに高ぶることなく、同時に、自己に與えられし技能を隠さずして用うること−−これすなわち謙遜である。心を高ぶるなかれである。同時に、自己に與えられし才能について公平に思うべしである。そして一つ体の一つの肢体としてその才能を用いよである。半ば消極的にして半ば積極的、これキリスト�ﾍ的謙遜の特徴である。普通道�ｺ家のいう謙遜に比してその差のいかに大なるよ！　これクリスチャンのおこのうべき謙遜である。

　

　

第四十八講　約　　　説

キリスト�ﾍ道�ｺ　その一　謙遜

　

　「われに賜わりたるところの惠みによりて、なんじらおのおのに告ぐ。なんじら、思うべきところを越えて自己を高く思うなかれ、�~のおのおのに賜わりたる信仰の量に從いて公平に思うべし」（ロマ書三・三）と。キリスト�ﾍ的謙遜を�ﾍえたることばである。キリスト�ﾍ的道�ｺ第一は謙遜である。「キリスト�ﾍは謙遜の宗�ﾍなり」とカーライルはいうた。「なんじら、キリスト・イエスの心をもて心とすべし。彼は�~のかたちにてありしかども、みずからその�~とひとしくあるところのことを捨てがたきことと思わず、かえつておのれをむなしゅうし、しもべのかたちを取りて人のごとくなれり。すでに人のごときありさまにて現われ、おのれを低くし、死に至るまで從い、十字架の死をさえ受くるに至れり」（ピリピ書二・五八）とパウロはいうた。主イエスは弟子たちに告げていいたもうた、「われはなんじらの師また主なるに、なおなんじらの足を洗いたり。なんじらもまた相互に足を洗うべし「（ヨハネ傳十三・十四）と。キリスト�ﾍ以外の宗�ﾍまたは道�ｺにおいて、謙遜は美�ｺとして�ﾍえられないではないが、しかし第一の美�ｺとしては�ﾍえられない。ローマ人の間にありては、和譯聖書に「へりくだりたる心」と譯されし原語の ταπεινοφροσυνη（タパイノフロスネー）は、日本語の卑屈というがごとき、低き卑しきことばであつた。しかしながら、十字架をもつて代表されたるキリスト�ﾍにありては、この心こそ�~の心であつて、これなくして、人は他にいかなる美�ｺを具（その）うるとも、クリスチャンたることはできない。

　謙遜にもまた消極積極の兩方面がある。「高く思うなかれ」というがその一面であり、「公平に思うべし」というが他の一面である。自己を眞價以上に思うなかれ。自己の何たるかを知れ。生まれながらにして滅びの子、恩惠によりてゆるされたる罪人、かかる者は高ぶらんと欲するもあたわず。人はまず自己を知らざるべからずというが、眞實（ほんとう）に自己を知れば、何びともへりくだらざるを得ない。自己の内に何か善きものを發見せりと思う者は、いまだ眞實に自己を知らない者である。

　しかしながら、へりくだるのみが謙遜ではない。「高く思うなかれ。公平に思うべし」である。自己の分限を知るべし。へりくだるといいて、自己を無視してはならない。�~に造られまたあがなわれたるわれらはゼロではない。�~はわれら各自に信仰を賜いて、信仰にかなう特殊の賜物を賜うた。信仰の量に從い、おのが天分を認むることは、高ぶりではない。ほんとうの謙遜である。謙遜の積極的半面は自覺である。自任である。自己について思うべきところを越えて思わず、思うべき範圍において、公平に適宜に思う。それがほんとうの謙遜である。

　クリスチャンはキリストにありて一体である。これを稱してエクレジヤ（�ﾍ会）という。しかしてこれに多くの肢体（オルガン）がある。目がある。耳がある。口がある。心臓がある。肺臓がある。手がある。足がある。しかして目の謙遜とは、目をもつて体の全部と認めず、またその主要部なりと思わず、目たるの天分を知りて、物を見るの機關として全体のために盡くすことである。哲學者ライプニッツの有機体の定義にいわく「有機体（オルガニズム）は、その各部が同時に手段にしてまた目的たるものなり」と。目は全体に仕え、全体は目に仕う。それがオルガニズムである。またエクレジャである。

　しかしてキリストにおいて一体たるエクレジャの機關（肢体）として、豫言者がある。役者（えきしゃ）がある。�ﾍ師がある。勧師がある。慈善家がある。統率者がある。慰籍者がある。彼らは一体であつて、また相互に肢体である。すなわち相互に助けまた助けらる。事はコリント前書第十二章につまびらかである。この個處の註解として�画､を要す。

　�~より直接の啓示（しめし）にあずかる者が豫言者である。されども豫言は信仰の量に從うを要す。信仰なくして啓示に接するあたわず。信仰なくして豫言を解することができない。信仰不相應の豫言は空想に走りやすく、信仰を離れたる豫言は僞りの豫言である。�~は漸進家である。彼はその聖旨（みこころ）を人間に傳えたもうにあたつて正當の順序を踏みたもう。「�ﾍ訓に�ﾍ訓を加え、規則に規則を加う」（イザヤ書二八・一〇）である。信仰を基礎として、信仰の範圍にする豫言のみ、眞實（ほんとう）の豫言である。その他はすべて僞りの豫言である。